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■史跡高松城跡データ■
【別 名】玉藻(たまも)城。由来は万葉集で柿本人麿が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし 讃岐の国は 国柄か 見れども 飽かぬ」と詠んだことに因んで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによるといわれている。
【所在地】香川県高松市玉藻町
【地形種類】瀬戸内海に面している平城。堀の水は海水を利用し、海城としての機能を備えていた。※城壁が湖や海に面する城を水城といい、なかでも海に面する城を海城と呼ぶ。

▲玉藻公園と高松港
【築城年・築城者】天正16年(1588) 生駒親正(いこまちかまさ)
     生駒家家紋「生駒車」>
【歴 史】
 高松城は、天正15年(1587)に、豊臣秀吉から讃岐一国17万6千石を与えられ、国主として入府した生駒親正が、天正16年から香東郡野原庄と呼ばれていた現在地に築城に着手した平城(水城)。縄張(設計)は当時築城の権威であった黒田孝高(如水)とも細川忠興ともいわれている。数年の歳月を費やして完成し、高松城と名づけた。瀬戸内海の海水を外堀、中堀、内堀に引き込んだこの城は、日本の三大水城のひとつと呼ばれている。城には、本丸を中心に時計廻りの方向に二の丸、三の丸、桜の馬場、西の丸が配され、三重の堀とともに堅固な構えとなっていた。

 生駒氏の治世は4代54年間続いたが、寛永17年(1640)に生駒騒動といわれる御家騒動により、讃岐一国を召し上げられて、出羽国(秋田県)矢島一万石に移された。このあと、寛永19年(1642)に当時常陸国(ひたちのくに・茨城県)下館藩主だった松平賴重(よりしげ)が東讃岐12万石の城主として入城。賴重は徳川家康の孫で、有名な徳川光圀(水戸黄門)の兄にあたる。将軍家と近親の関係にあった賴重は中国・四国の監察役を命じられたといわれている。賴重以降、松平氏の治世は11代228年間にわたり、高松は松平氏の居城として栄えた。

 高松城は、明治2年(1869)の版籍奉還により廃城となり、一時、政府の所管となったが、明治23年(1890)に城跡の一部が松平家に払い下げになり、昭和20年には松平家から財団法人松平公益会に継承され、さらに昭和29年に高松市が譲り受けて、高松市玉藻公園として昭和30年5月5日から一般に開放された。現在の玉藻公園の面積は79.587㎡(約2万4千坪)で、往時の城域66万㎡(約20万坪)と比べると8分の1ほどの広さになっている。(玉藻公園管理事務所発行パンフより)
【文化財指定区分】国指定史跡(昭和30年3月2日指定) 
            重要文化財4件〜艮櫓・月見櫓(続櫓が付属)・水手御門・渡櫓(昭和25年8月29日指定)
 ▼艮櫓(うしとらやぐら)
▼月見櫓(続櫓が付属)
 ▼続櫓(月見櫓に付属)・水手御門・渡櫓
【遺 構】天守台・石垣・堀・曲輪等と、重要文化財の建造物が残る
【現 況】城跡は高松市立玉藻公園として整備
 
高松城のみどころ

▲玉藻公園案内図(現地案内板より)


▲玉藻公園西入口
 JR高松駅から玉藻公園西入口まで徒歩3分。ここから入った所が二の丸跡となる。


▲二の丸跡
 後方はJR高松駅方面。

▲内堀と水門
 後は高松港。北は海、三方に堀をめぐらし海水を引き入れた水城で、完全に海水を堀に取り入れた城は、この高松城だけである。

▲水門
 この堀の海水は、城の北側を通っている国道30号線の下をくぐって瀬戸内海とつながっているので、潮の干潮による水位調節のため水門が設けられている。


▲内堀に架かる鞘橋(さやばし)
 本丸と二の丸を結んでいる唯一の連絡橋で、当初は欄干橋であったが、江戸時代中期末頃にはこのような屋根付きの橋になっていたようである。

▲鞘橋と本丸石垣
 左の一段高い石垣は、天守台。なお、この辺りは現在、平成24年3月まで天守台解体修理工事が行われている。


▲天守台
 天守台石垣解体修理工事前の天守台。

▲天守台石垣解体修理工事
 平成21年11月現在、天守台が崩壊の危険があるため、平成24年3月16日まで石垣を解体修理する工事が行われている。


ありし日の高松城天守(三重四階地下一階)
 唐破風・切妻破風を備え、最上層は廻縁を室内に取り込んでいるため、その分だけ外側へ張り出し、下層より大きく、南蛮造りとよばれる建築であった。


 重要文化財
       高松城北之丸月見櫓(続櫓)・水手御門・渡櫓
 
高松城を築城した生駒氏の治世は4代54年間続きましたが、寛永17年(1640年)に出羽の国の矢島1万石(秋田県由利郡矢島町)に移封されました。その後、寛永19年(1642年)松平賴重公(水戸黄門の兄)が東讃岐12万石の領主に封じられてこの城に入って以来、明治2年(1869年)まで11代228年間、松平氏の居城であり、日本三大水城のひとつと呼ばれています。
 
 月見櫓は、松平氏入封以後新たに海面を埋立てて作られた郭の隅櫓として延宝4年(1676年)2代賴常(よりつね)公の時代に、完成されたものです。ことに渡櫓は生駒氏築城による海手門を改修して建てられました。かつて、これらの櫓の外まで海であって、船からこの水手御門を経て、直ちに城内へ入れるようになっていたところからみて、この櫓は海手出入りの監視防備のための隅櫓であったものとおもわれます。
 
 月見櫓の特色としては、内部に初層から三層の屋根裏まで通じる4主柱が中央に通っていて、それに粱をかけて組立てていることや外壁に装飾的な黒い長押(なげし)を廻していること、軒は垂木形を塗り出さず一連の大壁としていること、月見櫓より渡櫓に至る一連の建築構造美などが挙げられます。これらの諸建物は松平家から松平公益会に移管され、さらに昭和29年(1954年)1月に高松市が譲り受け、翌年3月から国庫・県費補助を得て解体復元工事に着手し、約1700万円を費やして同32年(1957年)3月に竣工しました。
<文は城内説明板より転載>



▲城内側から見た月見櫓(右)と月見櫓付属の続櫓
 
月見櫓は、総塗籠造りの三層三階・入母屋造・本瓦葺で、初層は切妻破風、二層は唐破風と屋根の形を対象させている。

▲月見櫓(左)・続櫓(中)・水手御門(右)
 月見櫓は、藩主が江戸から船で帰られるのをこの櫓から望み見たので「着見櫓(つきみやぐら)」ともいわれている。


▲水手御門
 
薬医門様式の水手御門は、いわば海の大手門といえる。


▲水手御門(城内側)

▲左より月見櫓に連なる続櫓、水手御門、渡櫓


▲地上から望む左より月見櫓・続櫓・水手御門・渡櫓


▲月見櫓前の様子
 右側は高松港、後方はJR高松駅。

▲月見櫓北側(瀬戸内海側)
 櫓風の建物は、高松港そばの港公園に建つ報時鐘。承応2年(1653)に初代藩主松平賴重が大坂で鋳造。昭和3年(1928)まで時を告げた。昭和55年、市制施行90周年を迎えこれを記念して港公園に建立された。


▲中堀に架かる旭橋と旭門
 かつて、城の南側の桜の馬場の南中程(現在の南西隅)に大手門があったが、寛文11年(1671)頃、三の丸に藩主の住居である旧披雲閣が建てられたため、これを廃して新たに東に旭橋を架け、それを渡って旭門から出入りするようになった。


▲旭橋と旭門
 旭橋は石橋となっているが、本来の旭橋は寛文11年(1671)に造られた木橋。実質的な大手口で、明治45年(1912)に石橋に改造された。現在は、玉藻公園東入口となる。
艮櫓(うしとらやぐら)
 
艮櫓はもともと東之丸の北東の隅(現在の県民ホール敷地内)にあった櫓で、北東の方角を丑寅ということからこの名前がある。完成は延宝5年(1677)頃といわれ、月見櫓と同時期に造られた。

 三層三階・入母屋造・本瓦葺で、形は月見櫓と似ているが、初層に大きな千鳥破風があるのが特徴である。昭和40年に当時の所有者であった旧国鉄より高松市が譲り受けて、2ヶ年の歳月をかけて、東之丸より旧太鼓櫓跡に移築復元した。
右端は、旭橋と旭門。
艮櫓(城内側)
 塗籠(ぬりご)め、層塔型の隅櫓。鉄砲狭間や大きく出っ張った石落しも備わっており、月見櫓とともに天守なみの風格を漂わせている。

▲地上から望む艮櫓


▲桝形と埋門
 旭門を入ったところにある桝形は、攻め込んだ敵を包囲したり、攻め出すときに中に兵士を並べてその概数を知るためのもの。桝形の北面には埋門(うずみもん)が造られている。


▲桜の馬場
 馬の教練をしたところで、かっては今の2倍ほどの広さがあった。

▲桜御門跡
 桜の馬場を過ぎて、三の丸へ入る門。門奥の建物は披雲閣。桜御門は、旧文化財保護法により国宝(現在の重要文化財クラス)に指定されていたが、昭和20年の高松空襲により焼失。


▲桜御門跡(城内側)

▲披雲閣(ひうんかく)
 松平藩時代にも現在の場所に披雲閣と呼ばれる建物があった。藩の政庁及び藩主の住居として使われていたが、明治5年(1872)に老朽化により解体。その後、大正6年(1917)現在の披雲閣が完成した。現在は貸会場として会議、茶会、華展などに利用。


▲内苑御庭(ないえんおにわ)
 この庭は藩政時代の庭をもとに、大正5年(1916)頃作造された枯山水の庭。内苑御庭は散策自由。
交通ガイド
■JR予讃線高松駅から、玉藻公園西門まで徒歩3分、玉藻公園東門まで徒歩7分。
■駐車場
玉藻公園東門に無料駐車場有。
■入園料
大人 200円


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▲瀬戸内海に面した讃岐の海城「高松城跡」を望む<全日空ホテルから撮影>

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