このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

山口城跡

国指定重要文化財
            山口県旧県庁舎
(写真左)と旧県会議事堂(写真右)
山口県庁構内にあるこの建物は、大正初期(大正五年竣工)の煉瓦造公共建築物として、また、本館と議事堂が一体で保存されている数少ない遺構。両棟の建築様式は、中央部を高くする中心尊重や階層ごとに窓の形を変えるといった基本デザインにみられるようにルネッサン式。60数年間県政の府として使用されてきたこの建物は、現在山口県政資料館として生まれ変わり一般公開されています。

旧山口藩庁門

文久3年(1863)、藩主毛利敬親は幕末の有事に備え、藩庁を萩から山口に移し、元治元年(1864)、山口御屋形(山口城)が竣工。ここは山に囲まれた天然の要塞で、砲台や土塁、水濠を備えた近代的な西洋式城郭でした。正門であった藩庁門、堀が残されています。

水堀と旧山口藩庁門

水堀
県指定 有形文化財
旧山口藩庁門 一棟
                  昭和62年3月27日指定
 
 この門は、元治元年(1864年)時の藩主、毛利敬親が、藩政の本拠地を萩から山口へ移すため建設した山口政事堂の表門として築造されたものと言われています。築造当時は、幕末の動乱期にあたり、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文等の藩士が足早にこの門を往来したことと思われます。
 門の構造は、切妻造・本瓦葺の薬医門(やくいもん)であり、主材はけやきと松を使い、木割は太く豪快で、いかにも城門らしい風格を残しています。明治4年(1871年)の廃藩置県までは、藩庁門として使用され、その後は山口県庁正門として、さらに、新県庁舎(現県政史料館・国指定重要文化財)が完成した大正5年(1916年)からは、西口の門として利用され、現在に至っています。


旧山口藩庁門(城内側)
 武家の邸宅の正門に本来は使われた格式の高い脇門付き薬医門。

脇門(城内側)


薬医門は、鏡柱と控柱をまとめて一つの切妻造・本瓦葺の屋根で覆った城門

山口藩庁跡石碑
 藩庁は、よそからは山口城とよばれたりしているが、当の毛利家では山口城とはよばず、あくまで山口屋形と称していた。山口藩庁(山口屋形)跡は、現在、山口県庁となっている。

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