このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

沖縄ゆいレール2001

沖縄都市モノレールは2003年8月10日に開業しました。
下記は2001年12月に作者が沖縄に行った時のゆいレールの工事状況です。こうだったんだなというメモリアルとしてお読みください。


沖縄都市モノレールの試運転が2001年12月4日から始まりました。
沖縄旅行の時に、工事や試運転の様子を見てきましたのでミニトリップ風に紹介します。


那覇空港からバスで国際通りに近いホテルに運ばれる。モノレールの駅でいえば美栄橋と牧志の間で、どちらかというと牧志に近い。左の写真はホテルの8階から撮ったもの。ご覧のようにここらへんでは橋桁が途切れている箇所がある。牧志駅は、駅としての形はできているがまだ工事中だ。

今回の旅行はH社主催のツアーなので首里城や平和祈念公園(記念ではなく祈念である)などを見てまわる。最終日に5時間半ほどあったのでモノレールの試運転の様子を見に行った。
ツアーバスを県庁前で降りる。国際通り(那覇の繁華街)から入った小さな通りでおばあさんが島バナナ(沖縄産バナナ)を売っていたので購入する。これから数時間歩くのであまり重いお土産は買いたくなかったが、またこの小さい通りに戻って来る気もしないのでしかたがない。裏道を通って県庁の裏手に出る。少し行くと那覇バスターミナルで、ここはかつて沖縄県営鉄道の那覇駅だったという。さらに西へ向かうと、モノレールの橋桁が見えてくる。この写真は壷川駅の少し北に停まっていた無人搬送機。多摩都市モノレールでも使用されていたようだが、作者が実際に見たのは初めて。あとで考えてみたらこの時はちょうどお昼時だったから停まっていたのだ。この1時間後くらいには走っているのを見かけた。無人とは書いたが人を乗せて走ることができるのも目撃した。

左の写真の奥側が壷川駅で、まだ工事中のため網のようなものでおおわれている。手前の橋脚の下のほうに絵が描かれており、これは首里城の絵である。よく見ると1つ次や2つ次の橋脚にも絵が描かれているが、絵はそれぞれ違うものだと記憶している。絵の掲示は工事中時だけのものなのか、恒久的なものかはわからないので見たい人は今見ておいたほうがよいかもしれない。
近くに那覇中央郵便局もあるので旅行貯金派は要チェック。ちなみに作者はほんの少し東側にある牛丼屋で昼食をとった。お金のない人は覚えておくといいかもしれない・・・

モノレール沿いに進んで、橋を渡ると、数人が作業中。複線の片側(那覇空港側から見て上り側。首里のほうが東京には近いんだけどな。ちなみに国道58号線は鹿児島始点で、海をはさみ那覇が終点)が信号などのケーブルの工事中だ。すぐ奥武山公園駅がある。さらに歩くと小禄駅。「ころく」ではなく「おろく」と読む。だが、この駅付近にポイントなどはないので、下り線で来た車両が上り線で戻るというわけではなさそうだ。情報では那覇空港〜小禄で試運転とのことだったが、試運転なのでここで待っていても車両がくるという保証はないので歩き続ける。この区間は、というより那覇空港の少し手前までは、地形的には上り坂なので結構疲れる。
日本最南端の駅になるであろう赤嶺駅はだいたいできているようだ。地上との階段だけはできていない(工事用の仮設階段は有り)。モノレールの駅名とすぐ近くのバス停名が不一致な場所もあったと思うが、開業後は同じ名前になるのだろうか。駅名とバス停名が違うのはままあることだからいいのだけれど、旅行者は少し戸惑うかも。

那覇空港まであと数百メートル、飛行機の尾翼が見える場所まできてようやく車両がいるのが見えた。左側が自衛隊、右側が米軍の施設(作者が見た感じなので正しくないかもしれない)がある位置だ。
しかし、遠目に見ると走っているか止まっているかよくわからない。少し空港よりに歩くと、車両の動き方がわかった。少し走っては少し止まっているのだ。この写真を撮った少し先で止まって、今度はノンストップで最初に見た位置まで戻って行った。少しの時間見ていると、これを繰り返しているようだった。車両の中には作業員の姿もある。小禄や赤嶺で待ってないでやはり正解であった。
作者のほかにも写真を撮りに来ていた人もいたが、その人は車で来ていたので県内の人かレンタカーを借りたかどちらかであろう。


帰りもほぼ同じ道を戻ったが、壷川東公園に寄って沖縄県営鉄道のレールと南大東島サトウキビ列車のDLを見た。レール自体は1〜2mで細いレールであった。DLは2軸で6気筒エンジン、それをチェーンで車軸に伝える方式で、見たところではブレーキは踏むと機械的な伝達機構でブレーキシューが動くというものだった。これの写真も撮りたかったがフィルムがなくて撮れなかった m(_ _)m。

壷川東公園から県庁前まで戻るあいだに不発弾処理作業をナマで見てしまった。場所的には前出の郵便局の東側で、消防車が停まっていたので「あれっ」と思いよく見たら陸上自衛隊の不発弾処理車が停まっていたのだ。迷彩服を着た人が竹の子形(30cmくらい)のものを持っていたから、それがたぶん不発弾であろう。もっとも爆発のおそれがあれば近くは立入禁止になっていただろうから、危険性はないと思われる。いずれにしてもあまり気持ちのいいものではないのは確かだ。

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