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福島県 2010年8月 NO.2


後日、写真等の差換え変更等の可能性があります。
ご了承ください。
2010.8.5撮影。

撮影場所に関する簡単な説明を掲載します。
詳細は各自でご確認ください。


〜 会津若松市 〜


〜 阿弥陀寺 〜


戊辰戦争の中の会津の地で戦った会津藩の戦死者の埋葬は直ぐに許されませんでした。
後に埋葬は許されましたが、阿弥陀寺と長命寺に限られたそうです。
藤田五郎さん(新撰組三番組組長 斉藤一さん)、妻の藤田時尾さん、息子さんの藤田勉さん、などが永久の眠りに就くお墓が在ります。
藤田五郎さんの希望により、阿弥陀寺に埋葬されたそうです。




「藤(ふじ)」の実。
マメ科。
日本原産。












〜 大戸町(芦ノ牧温泉駅と周辺) 〜


「芦ノ牧温泉駅」は、会津鉄道の駅の一つです。




「猫(ねこ)」
肉食目ネコ科ネコ属の哺乳類。
名前などの詳細が気になる方は、各自でご確認ください。














「蛙(かえる)」
蛙には、「殿様蛙(とのさまがえる)」(アカガエル科のカエル)、「雨蛙(あまがえる)」(アマガエル科の両生類)、「土蛙(つちがえる)」(アカガエル科のカエル)、などがいる。
写真の蛙は「雨蛙」と思われる。
「雨蛙」を説明。
広義では、無尾目アマガエル科の両性類の総称、狭義では、「日本雨蛙(にほんあまがえる)」の通称。
「日本雨蛙」を説明。
アマガエル科の両生類。
体長は、3〜4cm。
体色は、黄緑・灰褐色など周囲に応じて変化する。
指には吸盤が発達。
草原・林に棲む。
湿度に敏感で、雄は夕立前によく鳴くため、雨の予報になると言われている。
夏の季語。
英語名は「tree frog」
鹿児島県では、レッドデータで「その他」(分布特性上重要)に指定。




ホームから撮影。














〜 御薬園 〜


会津藩二代藩主 保科正義が、園内に設け、各種の薬草栽培を試みたそうです。
三代藩主 松平 正容の時から次第に整備拡充されたそうです。
会津戦争中に西軍負傷者の保養所として利用されたそうです。
そのため、焼失などする事なく残ったといわれています。
薬草を撮影した関係で、効能を含めた説明などを書きました。
成分・効能・使用などの詳細は、各自でご確認をお願いします。




園内に居る鳥。




















「山菜ゴンボッパ(さんさいごんぽっぱ)」
キク科。
「ごんぼっぱ」と呼ぶ機会の方が多いよう。
別名は「雄山火口(おやまぼくち)」
「雄山火口」の名前で知る方も多いと思われる。
「火口(ほくち)」は、火打石で発火させた火を移し取るものを呼ぶそう。
用部は、若芽、葉、など。
蕎麦のつなぎ、草餅、漬物、などに利用。








「黄蜀葵(とろろあおい)」
アオイ科。
「おうしょくき」とも読む。
用部は、根。
効能は、粘滑、鎮咳、緩和、賦形薬、製紙用の糊原料。
生薬名は「黄蜀葵根(おうしょくきこん)」
一日花。
朝に咲いて、夕方早い時間に閉じる。
根や果実に粘液質があるところから、「薯蕷(とろろ)」を連想して付いた名前。







「石榴(ざくろ)」の実。
ザクロ科。
「柘榴」とも書く。
用部は、根皮、樹皮。
用途は、条虫駆除、収れん、など。
生薬名は「石榴皮(せきりゅうひ、または、ざくろひ)」
食用としても利用する。








〜 野口英世青春通り 〜


医学者の野口英世さんが青春時代を過ごした場所です。
野口英世さんが、手の施術を受けて、書生として住み込んだ、「会陽医院」跡。
野口英世さんの初恋の人と伝わる女性の生家跡。
などが在ります。




「サンパチェンス」
ツリフネソウ科。
宿根草。
インパチェンス属の種間雑種。
或る会社のオリジナル品種
CO2(二酸化炭素)、NO2(二酸化窒素)、ホルムアルデヒド、を吸収する能力が優れているとして、注目されるようになった。
冬は寒さに弱いのでかれてしまいますが、堆肥として利用すればある程度のCO2は土壌に固定できるそう。
吸収する量、吸収できる成分、堆肥に固定できる量、などの詳細は、各自でお調べください。



〜 鶴ヶ城(若松城) 〜


国史跡の名称は「若松城跡」。
室町時代〜戦国時代までの名称は「黒川城」。
戦後時代に城主変更や改修などにより「若松城(わかまつじょう)」に変更。
江戸時代の名称は「会津若松城(あいづわかまつじょう)」。
「若松城」の呼び名頃から、通称名は「鶴ヶ城(つるがじょう)」。
以上の「城」の付く呼び名があります。
「鶴ヶ城」・「若松城」の呼び名でご存知の方が多いかと思います。
戊辰戦争の中の会津戦争の時に、会津藩士・家族が籠城して戦った城です。
明治時代に城は取り壊されました。
現在の城は復元ですが、城や敷地の一部は当時のまま残っているそうです。
石垣から天守閣までの高さは、36.5m。
天主台(石垣部分)の高さは、11m。 天守閣の高さは、25.15m。




「お堀」と「橋」
鶴ヶ城では籠城の時のために幾つかの橋が壊せるようになっているそう。
この橋は壊せる橋の一つのよう。













「お堀」と「本丸」
本丸は、撮影日は天守閣の改修工事のために幕で覆われている。
改修工事が終わるのは、翌年(2011年)の春頃の予定。













本丸の敷地の一部。















〜 大沼郡 〜


〜 会津美里町 〜


会津盆地の西南部を占める。
今回は根岸駅の周辺のみで撮影。




根岸駅周辺から撮影。

















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