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関西 2012年2月 NO.1
後日、写真等の差換え変更等の可能性があります。
ご了承ください。
2012.2.5撮影。
撮影場所に関する簡単な説明を掲載します。
詳細は各自でご確認ください。
「関西」の定義は、様々な定義があります。
当サイトの写真集では、「近畿」より広く考える定義を基にしました。
ご了承ください。
前日から当日の天気の関係、または、散水と思われる状況より、植物や地面などが濡れている写真があります。
ご了承ください。
〜 京都府 〜
〜 京都府立植物園 〜
「京都市左京区下鴨半木町」に在る。
園内の敷地面積:約24ha。
大正六年(1917年)に着工。
大正十三年(1924年)1月1日に「大典記念京都植物園」として開園。
第二次大戦中は園内に菜園が設けられ、食糧増産の場になった。
第二次大戦後は、昭和21年(1946年)から12年間、連合軍に接収され閉園なった。
昭和三十六年(1961年)4月、再び公開した。
入園料必要。(撮影日の確認)
「梅花黄連(ばいかおうれん)」
キンポウゲ科。
常緑多年草。
花の形が梅の花を思わせることろから名付けられた。
別名は「五加葉黄蓮(ごようかおうれん)」
別名は、葉が「五加木(うこぎ)」)に似ているところから名付けられた。
愛媛県では、「絶滅危惧種」に指定。
福島県では、「絶滅危惧種」に指定。
他の幾つもの県でも絶滅危惧種に指定されている。
「葉牡丹(はぼたん)」の「グラマーレッド」
アブラナ科。
名古屋ちりめん系の品種。
葉は縮緬状になり、全体に光沢があるのが特徴。
葉牡丹は江戸時代に野菜として渡来したそう。
「スノードロップ」
ヒガンバナ科。
多年草。
耐寒性の秋植え球根草。
原産は、ヨーロッパ、及び、カフカス地方。
学名は「Galanthus nivalis」
属名は「Galanthus(ガランサス)」
英語名は「snowdrop(スノードロップ)」
和名は、「待雪草(まつゆきそう)」、「雪の花(ゆきのはな)」
観賞用。
球根は小型の鱗茎(りんけい)
2月頃、鱗茎から長さ10cm程の線形の葉が数枚出る。
2〜3月頃、高さ約15cmの花茎が伸び、頂端に白色の花が下向きに開く。
日本で広く呼ばれる名前は、「スノードロップ」、「待雪草」、だと思われる。
「ガランサス」、「雪の花」、と呼ぶ事がある。
日本には、明治時代初期に渡来したよう。
「ビオラ」の「レイン ブルー&パープル」
スミレ科。
「ビオラ」の「ビビ ファイア」
「ビビ」の名前の付くシリーズの一種類。
〜 壬生寺 〜
「京都市中京区」に在る。
「壬生(みぶ)」は、この辺りの村の名前。
「壬生村」に在ることから、「壬生寺」と呼ばれるようになった。
正暦2年(991年)、園城寺の快賢僧都によって創建。
新撰組の屯所として使用していた。
新撰組の屯所は、壬生寺、を含めて数ヶ所ほど在る。
新撰組は屯所を別の場所に移してからも、稽古などで利用していた。
一部隊士の墓が在る。
新撰組の縁の寺として知られる。
一部施設有料。(撮影日の確認)
「本堂」
節分会が終わった以降の日に撮影。
片付けの途中かと思われる。
〜 妙心寺 〜
「京都市右京区花園妙心寺町」に在る。
山号は「正法山(しょうぼうざん)」
臨済宗妙心寺派の本山になる。
開基は「花園法皇」
妙心寺では、建武4年(1337年)を開創の年としているそう。
撮影日は特別拝観日の最中だった。
一部施設有料(撮影日確認)
拝観できない施設も在る。(撮影日確認)
「天球院(てんきゅういん)」
建立:1631〜1634年。
重要文化財に指定。
臨済宗妙心寺派に属する禅寺。
江戸時代初期に岡山藩主の池田光政が、 大伯母の天久院のために建立した寺院。
「麟祥院(りんしょういん)」
創建:寛永十一年(1634年)
妙心寺塔頭。
徳川家光が創建。
春日局を開基とする。
碧翁愚完を開祖とする。
「春光院(しゅんこういん)」
臨済宗妙心寺の塔頭の一つ。
開祖は妙心寺百十三世猷山景嘉(ゆうざんけいか)。
天正十八年(1590年)、堀尾吉晴(ほりおよしはる)が長子金助の菩提をとむらうため猷山を請じて創建した。
長子の法号にちなみ当初は「俊巌院(しゅんがんいん)」と称した。
堀尾氏断絶ののち、石川氏が檀越となり中興して「春光院(しゅんこういん)」と改める。
大書院(おおしょいん)は、石川憲之(のりゆき)が淀城寝堂を移建したもの。
寛政から天保にかけて(1789年〜1844年)、大規模な改修がおこなわれ、庭園も慶応三年(1867年)に築造されて今日におよんでいる。
「霊雲院(れいうんいん)」
建立:室町時代(1333年〜1572年)
重要文化財に指定。
「浴室(よくしつ)」
建立:江戸時代。
重要文化財に指定。
別名は「明智風呂(あけちぶろ)」
明智光秀を弔うために建立した。
浴室を弔うために交流した理由は、明智光秀の生前の状況が関係している、浴室が高価だったこと、などの理由があるそう。
風呂の沸かされた合図の鐘が、春日局によって建立されていたが、火災によって焼失してしまった。
近年、京都の東山仁王門の信行寺にあった鐘楼を譲り受け、移築したのが現存のものになる。
「佛殿(仏殿)(ぶつでん)」
創建:文政十年(1827年)
重要文化財に指定。
「三門(さんもん)」
創建:慶長四年(1599年)
重要文化財に指定。
境内で唯一の朱塗りの建物。
「法堂(はっとう)」
創建:明暦二年(1656年)
重要文化財に指定。
仏像は安置されず、住持による法座や坐禅が行われる。
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