1974(昭49)年9月1日、「狛江市の多摩川堤防決壊」の一報が全国ニュースで報じられ、翌日未明には、被災状況がテレビ画面に映し出された。この水害の特徴は、堤防決壊による濁流が一軒、また一軒と人家を押し流したところにある。多摩川源流地域に降った台風豪雨の水勢は激しく、水防活動は困難を極めた。大型のテトラポットを大型機で投入したが、激しい水流に押し流されて効果がなく、2日午後には、自衛隊による堰堤爆破が行われたが、濁流の流れを変えるほどの効果はなかった。3日、濁流の洗掘はさらに進み、流失家屋はついに18棟を数えるに至った。4日、再度、堰堤爆破が開始され、第6回目の爆破でようやく堰堤に破壊口が開き、民家への水流は弱まり始めた。6日、小堤締切工事が完了、一部を除いて避難命令もようやく解除、という大水害だった。 |