『火垂るの墓』は、「省線三宮駅構内浜側の、化粧タイル剥げ落ちコンクリートむき出しの柱に、背中まるめてもたれかかり……」と書き出され、ラストは三宮駅構内で野垂れ死にした清太が、布引の寺で荼毘に付され、「骨は無縁仏として納骨堂へおさめられた」と結ばれる。つまり、三宮駅は重要な舞台で、アニメ版には丹念な描写があったが、今回の実写映画に三宮駅はまったく出てこなかった。実写で当時の場面を再現することの困難さが、映画製作を大きく制約しただろうことは容易に想像できる。
アニメ版製作の前にも『火垂るの墓』映画化の話は何度かあって、中にはアメリカのアリゾナ砂漠に神戸の町を再現、一機だけ現存のB29を飛ばし焼夷弾の雨を降らせよう……などという途方も無い構想もあった(野坂昭如「アニメ恐るべし」)というが、もしそれが実現していたら、『火垂るの墓』映画の運命ははまったく違った展開どなったものと思われる。
満池谷、ニテコ池、成徳小学校など、私が『火垂るの墓』の舞台を訪ねた直後に大地震が阪神を襲った。半年後に再訪、高架の電車から見るかぎり、神戸は伝えられる惨状よりは、むしろ平穏な日常をうかがわせる町々に見えたが、いざ歩き始めてみると、そこかしこにビルが崩れ、家屋の残骸があり、仮説テントがあった。JR三ノ宮駅そのものは大きな被害は無かったようだが、周辺には瓦礫のままの所がいくつもあった。今回は、JR三ノ宮駅の震災前と半年後の写真を掲載する。 |