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教材のふるさと ——夏目漱石『夢十夜』
運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいるという評判だから、散歩ながら行ってみると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。 ——夏目漱石『夢十夜』 |
護国寺の仁王門。左手奥に本堂の屋根も見える
幻想的な短編連作『夢十夜』の第六夜は、運慶が護国寺の山門で仁王を彫るのを群集と一緒に眺めていた主人公が、無造作に彫っているように見えるのは、実は木の中に埋まっている像を鑿と槌の力で掘り出すからだ、という見物人の言葉に納得する、という物語だ。 |
芸術創造の秘密を語っているようで、私には忘れがたい短編だ。俵万智が短歌の場合も「答えはすでに宇宙に用意されていたのだ」と、似たようなことを語っている(『ジグソーパズル』)が、これも現行教科書に載っている。 |
護国寺は東京文京区にある真言宗豊山派の総本山で、将軍綱吉が生母桂昌院のために創建したという由来を持つ。 |
関東大震災や東京大空襲にも無事だったというこの寺も、周辺にビルが建ったり地下鉄の駅ができたりで、立派な仁王門もちょっと窮屈そうに見えた(金網越しの仁王はもっと窮屈そうだった。ちなみにこの仁王は運慶作ではないという)。しかし一歩広大な寺域に入れば、本堂、月光院、鐘楼など堂塔のたたずまいは、昔とそれほど変わっていないのではないかと思われた。 |
漱石の『こころ』の主人公が、親友Kの墓参りにしばしば訪れたという雑司が谷の墓地も、この寺からは近い。今はその墓地に漱石も眠っている。 |
雑司が谷には学生時代に三好達治が下宿していたことがあった。¬あはれ花びらながれ/をみなごに花びらながれ」(『甃のうへ』)の詩編が、護国寺境内のイメージと重ね合わせて鑑賞されもする所以だ。 |
私の訪れたのは四月上旬。三、四分咲きの桜の枝越しに本堂の甍を眺めていると、花吹雪の中の石畳の道を逍遥する孤独な詩人の姿が見えてくるようだった。 |
『月刊国語教育』2000・6
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