このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 教材のふるさと  志賀直哉『城の崎にて』

 いもりにとってはまったく不意の死であった。自分はしばらくそこにしゃがんでいた。……かわいそうに思うと同時に、生き物の寂しさをいっしょに感じた。——志賀直哉『城の崎にて』


桑の木」近くの大谿川

 志賀直哉が、東京山手線の電車にはねられて重傷を負ったのは、一九一三年八月のことだった。今では考えられないような事故だが、夜、友人と線路脇を歩いていての出来事だった。城の崎にて』はその事故と、その後養生で滞在した城崎温泉での経験とが元になっている。

 静かな温泉町で、主人公は、蜂やねずみ、いもりなど、小動物の死を次々と目撃する。いもりの場合は、自分にその気がないのに殺してしまったのだった。事故で死ぬはずだった自分は偶然助かり、いもりは偶然に死んだ。主人公は生き物の寂しさを感じ、生きていることと死んでしまっていることとに、それほど差がないような気分にひたる——。

城崎は実に久しぶりだった。城崎駅周辺は駅舎温泉ができたりして、ずいぶん様子が違って見えたが、大谿(おおたに)川の流れや石造の橋、しだれ柳などは以前のままの感じだったし、温泉街の景観にもさほどの変化はないようだった。新築の城崎町文芸館前に移された『城の崎にて』の文学碑には、印象的な桑の葉の場面が刻まれている。その桑の木のあった場所を今回訪ねてみた。

 温泉街を出外れ、大谿川に沿った道をかなり上ったところに志賀直哉ゆかりの桑の木」と記された杭が立ち、見上げるほどの桑の木が立っていた。案内板に「この桑の木は二代目」と注記があった。さすがにそのあたりまで来ると、護岸工事など無縁な渓流には清冽な水が流れ、いもりの死を凝視した主人公(作者)の頃そのままのように思われた。
志賀直哉の作品で、高校教科書に一番多く採られ続けているのがこの作品だ。生き物の寂しさや、死への親しみを語った心境小説など、高校生には遠い世界のように思われるが、根強い人気の秘密は、谷崎潤一郎も絶賛した文章の力にあるのだろう。

 ——『月刊国語教育』 2000・10月号より—— 


      

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