このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

●6600系新造車両の搬入

昭和53年(1978)1月21日

画像:240ピクセル幅・全8枚


名鉄瀬戸線が栄町駅延伸乗り入れを果たしたのは昭和53年(1978)8月。それを前にした3月には、在来の路線とダイヤのまま架線電圧を600ボルトから1500ボルトに昇圧、車両をすべて取り替えた。
目玉は2つ。瀬戸線初の冷房車両3780系と、瀬戸電鉄以来の新造車両である6600系高性能車両の投入である。
本稿は6600系の搬入初日を見届けたもの。12両の6600系は3回に分けて搬入された。
文中で「国鉄駅側線」と表記しているのは築堤上にあるからであるが、実際はおそらく築堤上の端の1線は名鉄のテリトリーであり、600ボルトで電化されて瀬戸線のデキ200形電機が貨車の受け渡しを担っていた。
今考えてみると、このように駅構内の築堤を上下して貨車の乗り入れを図っていた例は、意外に少なかったのではないだろうか。
写真は露出不足気味で見にくい点をご承知いただきたい。

国鉄大曽根駅に到着

先頭はDD13形ディーゼル機関車。次位にワフ(有蓋緩急車)、6600系新造車両×4両、最後尾にヨ8000形車掌車の組成。
左奥に三菱の看板が見える。01new6600-01.JPG

6600系新造車両は2両編成×6本の12両が製造されたが、搬入は4両ずつ3回に分けて実施された。
「窓が小さいかなー」という印象。01new6600-02.JPG
国鉄ホームから見た様子。一番西側の、車両授受(国鉄〜名鉄)用の側線へ誘導されるところ。
この連絡線は、名鉄が貨物営業をしていた名残りの設備であったが、瀬戸線の高架化と共に消滅した。01new6600-03.JPG
地平の名鉄側引上げ線にて。
国鉄の機関車が離れた後に、名鉄の電気機関車デキ201が地平から築堤上の国鉄駅側線へ迎えに行き、新造車をまず2両だけ名鉄側へ下ろす。01new6600-04.JPG
不法に侵入して至近距離で撮影している訳ではない。連絡用の引上げ線は名鉄と国鉄の間のわずかな土地に何気なしに敷設されていた。
写真は、ここで折り返して貨物用留置線へ押し込まれる新造車両。右側の建物は当時の名鉄大曽根駅舎(元・瀬戸電鉄本社)。01new6600-05.JPG
留置線に留め置かれたところ。01new6600-06.JPG
残りの2両がデキに伴われてスロープを下りて来る。01new6600-07.JPG
その夕方、喜多山駅にて。この夜、この場所(手前の留置線)に4両の新造車両がやって来ることに。01new6600-08.JPG


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