汽車旅つれづれはなし
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---------------------------------------------------------------------- [汽車旅つれづれはなし]        第9号 2001/8/29 ---------------------------------------------------------------------- このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して 発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ---------------------------------------------------------------------- 尚、登録・解除は、 http://www.mag2.com/mag2/m/0000043279.htm にて自由におこなうことができます。 --------------------------------------------------------------------- こんにちは。 お元気にしていらっしゃいますか? 今回の、html版はこちらで公開いたします。 内容は同じですが、写真と一緒に読むことができますので ブラウザなどでご覧下さい。 ここです ↓ http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train9.htm また、バックナンバーのhtml版は以下のURLです。 http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train8.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train7.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train6.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train5.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train4.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train3.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train2.htm http://users.hoops.ne.jp/c62_/text/train1.htm それでは、今回も「はくつる81号」のお話の続きをご覧になって下さい。 山岡。 「待合室」移転しました。 (こちらも、外部リンクなどありません。読者さん専用ですので どうぞ安心してご利用ください。) http://www63.tcup.com/6325/shoo.html ----------*-------------------- "はくつる81号" は、昭和の香りを乗せて<その7> 大宮〜青森 大宮停車もほとんど一瞬、という感じ。 一分も停まっていただろうか。 引出しのショックもほとんど感じられないところは客車列車よりも良い。 分散動力という方式の美点であるし 密着式自動連結器で各車両が連結されているためでもあるだろう。 その代わりに床下モーターなどの機器の騒音が 寝台特急としては対策が必要となるが、このモハネ583の場合は 走り出すとほとんど気になるレベルではない。 注意すると、わずか113系のようなモーターのうなりを聞き取ることができる。 インバーター制御のような発振器の音もなく、一定の周波数の音なので 眠るにはそれほど邪魔な音でもない。 新車導入当時は二重窓で、間隙にブラインドがあった外窓もプリーツ・カーテン に変更され、普通の一枚硝子になっているように見える。 ブラインドが車両の揺動によって接触し、音が発生する、と言われて カーテンに変更されたと言われるが.... そんな小さな音が気になる程、車内が静粛だったという事だろうか。 音響心理の研究者によればヒトの聴覚は多分に感情に左右される特性がある という。 注意を払う事で、通常は聞き取れない音量の音も聴取可能だそうで これは、いうなればフレッチャー・マンソン・カーブ的な等可聴帯域特性分析では ノイズ対策が不十分だという事を意味し、その事実は列車の騒音対策の困難さを 同時に意味する事となる。 寝台列車で眠る、という事に不慣れな客が不眠な状態になれば、神経の昂ぶり から小さなノイズが気になる、という事態も考えられるからである... いや、僕のような旅好きの者には、たとえ小さなノイズであっても それが、夜行列車の趣きに感じられるので、何ら問題ではない、のだが... レールジョイントを車輪が通過する音が聞こえる。 タタン、タタン..とリズミカルな二連のリズムがやがてほとんど重なって聞こえてきた。 そろそろ100km/hに達しているようだ。 電車は宇都宮に向かって快走を続けている。 すでに、車内放送を打ちきられ、就寝時間入っている車内だが、まだそこかしこで 楽しげな会話が続けられているあたり、夏休みの下り夜行らしいムードだ。 車内放送のチャイムも、バロック音楽のオルゴール(春/ヴィヴァルディ)に変更されて ちょっと残念な気もしたが、このムードには鉄道唱歌よりは似合いだ。 かつて、鉄道唱歌のチャイムであったころのこの583系は、ビジネスマンとか集団就職とか、 といった単語が似合うような、どこかがさついた車内であったように記憶している。 無論、輸送力拡大のための3段寝台であるから、そうした要求に答えていたのは正解である。 日本という国が、経済の発展だけにひた走っていた時代、583はその時代を支えて。 今、ひとびとが我が身を顧みた時、安らぎの場、として暖かい父親のように 風雪に耐えた車体は揺るぎもなく、私たちを支えてくれている....。 上野のコンビニで仕入れた氷をコップに入れ、麦茶を飲む。 僕は酒が飲めないので、こういう時は周囲に酒の匂いで迷惑をかける 事もなくて良い(?) 通路の向かい、8下では先程の親子。 子供が興奮して寝付けない様子。 ウォルト・ディズニ-のキャラクターがお気に入りの男の子。 舞浜から京葉線経由で上野に来たのかな? 父親が、静かにするようにと、なだめている。 すでに時刻は23:00を過ぎて。 そろそろ、宇都宮停車だろうか。 宇都宮停車、23時24分。 まだ、ホームには人影がちらほら。 宇都宮線、などと呼ばれてここまでの東北本線は半ば通勤路線のような 扱いになっている。 113系などの湘南色電車が走っているのは、東海道沿線に住んでいる僕としては やや違和感がある。 東北、というと、機関車牽引の客車列車、というイメージのせいか.. 数分の後、無音で583は走り出す。 客車列車のようなショックもなく。 次の停車は黒磯だ。 ここで交流に切り替えなので、少年の頃はその瞬間に立ち会いたい、と 深夜まで起きていたりしたもの、だったが.... 当時、東北本線回りの夜行よりも常磐線回りに乗る機会が多かったせいもあり その、僅かなチャンスを生かそう、と。 いつまでも起きていたりしたものだった。 しかし、いつのまにか眠りに落ちてしまい、中段の楕円形の明かり取り窓から さしこむ朝陽に目覚め、しまった!と思ったり... 先程の8下の男の子、また父親から眠るように諭されている。 ...起きていたい訳、判るような気もする。 と、微笑ましく思う。 僕も20系"ゆうづる"にはじめて乗った時は...... なぜ、常磐線経由の列車が多かったかというと、 当時の蒸気機関車の牽引能力では、東北本線のこの栃木あたりは 勾配が若干、荷が重かった、また、常磐沿線の方が積雪などの影響を 受けにくかった、等の理由であった、と聞く。 後にこれらの理由は解決されても、線路容量等の問題で常磐線回りの「ゆうづる」は 走りつづけていた。 いまでは「北斗星」がその後任とされているが、常磐線回りの夜行が一本もないのは やや残念である(通勤路線になってしまっているので仕方ないが。) 夏臨の時期など、「エルム」などと「北斗星」が並んでいるのを見ると 往年のゆうづる7往復時代を思い出し、ふと懐かしさに駆られる。583系の発祥もまた、経済の高度成長という背景を抜きにしては語れないが、 モーレツ、などという流行語で表されるように、その時代はまたかなり無茶を していた時期、でもあった..... あれは、確か下り「ゆうづる」に添乗した時だった。 朝を迎えて、列車は峠越えの路線を走っていたから、多分岩手県から 青森県に入るあたりではなかったか、と思うが 僕は列車最後尾の運転台に昇り、流れ去る景色を見ていた。 叔父が乗務していて「もうすぐ『はつかり』とすれ違うぞ」と言っていたから その瞬間を見せてくれるために運転台に載せてくれたのだった。 カーブの連続する山岳路線を、583系は素晴らしい速度で安定して 巡行している。 警報器のない踏み切りを僕の乗った列車は通過した。 と.... 農作業に向かうのだろう、老婆が篭を背負って踏み切りを渡り始めた。 その瞬間、タイフォンの鋭い響きが二度、三度! 上り「はつかり」が交差してきたのだった。 ほんの数メートル、というところで事故は避けられた。 ほっとしたが、あの時の光景は今でも鮮明に記憶している。 老婆の木綿のてぬぐい、頬被り、もんぺ姿、藍の上着。 今でも、写真のように思い出せるところを見ると、とても強い印象であったのだろう。 踏み切り警報器のない路線に、それまでディーゼルか蒸気機関車がのんびりと 走っていた峠の路線に、いきなり特急電車が走り始めたので このような事態はあちこちで起きていた、と聞く。 今では考えられない事だが、こんな話でも当時のモーレツぶりを思わせる。 現在であれば、まず安全対策を図ってから高速列車を走らせる、というところ。 その頃、東北本線にはまだ、至るところにこんな踏み切りがあったので アクシデントも多かったらしい。 などと考えに耽っていると、ふと、踏み切り警報器の音が近づいて、そして離れて。 立体交差でなく踏み切りのある区間に入ったのだ、という事で 都市近郊から離れて来た、と実感させられる。 踏み切りの音が、近づいてくると高くなり、通過すると低くなる、という 物理現象ですらどこかしら物哀しく聞こえるのは 夜行列車、という情景の中だから、かもしれない。 レール・ジョイントの通過音、ポイントの通過音。 規則的なリズムと、不規則なアクセント。 音楽のようなその車輪の響きは、旅情をそそり、いつしか静かに眠りを誘う... 黒磯停車は覚えていなかった。 おはよう放送のヴィヴァルディで、目が覚める。 カーテンを開くと(気兼ねなくカーテンを開けるところも583の良い所) 外は快晴だ。列車は、昨夜のようなペースで快適に飛ばしている。 二つの車輪がレール・ジョイントを越える音も、ほとんど同時に聞こえる。 トレモロ、というより、ダブル・スティックで叩くロック・ビートのようだ。 1970年代のスティーヴ・ガッドのように力強い。 寝台の中で通路側のカーテンを引いたまま、朝食を取る。 昨夜、仕入れておいた氷が溶けて、丁度良い飲み水となっている。 しかし、洗濯物は乾かない。 開放式B寝台に共通の事だが、カーテンを締めきってしまうと「暑い」。 冷房の風がカーテンに遮られてしまうのだ。 だから、氷は溶けて、洗濯物は乾かない。 まあ、カーテンを少し開けておけばいいのだけど、それではちょっと不用心。 僕の場合は、現金は最小限しか持って乗らないようにしている (最近は、日曜でも銀行が開いているので、あまり問題になることはない。 深夜に、突然運転打ちきり、となって投宿、とでもなれば別だが。 幸いにしてそんな事態に会った事はない。 かつて、台風に出くわし、熊本行き「はやぶさ」が架線切れで立ち往生した時も 4時間半遅れで熊本まで運転した。 この時は無ダイア状態になり、とても楽しく長時間乗車が出来た。 幸い、B個室"ソロ"だったので、快適であった..) 列車は、八戸、三沢、野辺地と停車してゆく。 途中、ところどころでカメラのレンズを見かける。 写らないように留意しながら景色を眺める。 僕も経験しているが、たまにしかこない列車を撮りに出かけて、 長時間待った後、来た列車の車窓に誰かの顔が写っているのは あまりいい気分ではないからで。(笑) 列車がカーヴすると、津軽海峡が見えた。そろそろ浅虫だろうか。 以前は「温泉」が付かなかったが、営業のためか。 改名といえば、八戸もずっと前は尻内だった。 一戸、二戸、三戸、五戸、尻内。 語呂が悪いからか(笑) 冗談を言っている合間に列車はスロー・ダウン。 よく知られている事だが、東北本線は完全複線ではないそうだ。 青森-東青森間の一部が、本線は単線なのだそうだ。 はて、昔は複線だったように記憶しているが... 勘違いかもしれないが。 そういえば、奥羽本線も青森出発後、複線に見える線路配線だが、 これも複線ではなく、津軽線の線路だそうだが... 都会であれば複線として利用するところ、列車本数が少ないのでこれで良いのだろう。 スローダウンした列車は高架に上り、また下り。 オーヴァー・パスの道路が本線をまたぐ。 もうすぐ青森だ。 ずいぶん都会になったものだな、と思う。 僕が住んでいた頃は、どこか土臭い土地だったが.... などと、考えている合間にも、車掌のアナウンスが入る。 御利用ありがとうございました。という言葉にも津軽の響きがあり、 ふるさとへ帰ってきたのだ、と感無量。 583系は一番線ホームへ。 久々の晴舞台、一番線がふさわしい。 静かに停車すると、乗客はさっと下りていった。僕などは余韻を楽しむ、というか 下りるのがもったいないので、写真を撮ったりしてると いつも車掌が回って来て「車庫に入っちゃうよ(笑)」と言われたり。 朝日を浴びた583は、疲れた様子もなく。先頭部などはさすがに年輪を感じるが。583もふるさとに戻って来て、ほっと安堵、という所だろうか。ファンなら旧知だろう、跨線橋の上からも一枚。 同好の士らしい方が、愛おしげに先頭部に触れている。さて、この夜また夜行で上野に戻る行程だが、帰路は24系25形の 「はくつる」で行く....というより、他に選択肢はないようだ。 583は、御存じのように、上り82号は盆帰り、混雑期にならなければ走らない。 車両が確保できれば盆暮れの時期は上り、下りとも運行した方が良い とも思えるのだが...(現に、上り「はくつる」は東京へ遊びに行くという青森の 若者で賑わっていた。ひとりで行く、という高校生らしき女の子が開放寝台の 向かい席になり、いろいろ話しをしたのだが、最近はなんとも大胆というか 怖い物知らずというか、見ているこちらが不安になる程....おっと脱線) 「あけぼの」では18時そこそこなので早すぎるし、 「北斗星」では0時頃、と遅すぎる。 21時頃、という時刻は丁度いい時間帯なのでやはり「はくつる」になるか。 と、それまでの時刻は、思い出のある場所などをぶらぶらするのも良いか、 と思い、奥羽本線上り快速「いわき」に乗車する。 これもまた、他に選択肢はない。 その次では7:45分と、かなり空くし。 という訳で、快速「いわき2号」に乗車する。 かつてはこの「いわき」は、客車列車で、通学列車的な雰囲気だった ような記憶があるが、今では701系電車でなんとも味気ない。 が、それはそれで...乗客が地元の方なのでそれなりの雰囲気はある。 この日も、東北ではよく見かける、履きものを脱いでシートに正座する婦人、とか 津軽弁の快活な少年、少女とか。 装いは現代風になっても、やはりここが「青森」だ、と実感させられる。 さて、快速「いわき」は定刻発車。 7:21だ。 弘前到着は7:56と所要時間は短い。 青森駅構内をゆっくりと進行してゆく。 複雑な構内配線があちこち交差している。 ざっと見ただけでも、奥羽、東北直通線、津軽線、車庫への配線らしき線、と それぞれが単線の線路がポイント接続されている。 .....よく切り替えを間違えないものだ、と思う。 特に最近は鉄道事故も増えているので、このような複雑な配線が大丈夫か とすこし心配にもなる。 まあ、前述の通り列車本数が少ないので問題ないのだろうが。 -------|以下、次回に続きます..|------- -----[あとがき]------------------------------ ご意見、ご感想、ご指南等お待ちいたしております。 山岡。 --[PR]------------------------------------------------------------- 姉妹誌のご紹介。 メールマガジン「淡彩画」 http://www.mag2.com/m/0000007590.htm 現在、連載小説[city](カーアクションもの)短文物が主体です。 音楽のページでは、古今の名曲のお話しなども。 メールマガジン「ヒト学のかたわら」 http://www.mag2.com/m/0000005981.htm 著者の20年来にわたる人類学研究の過程からの 情報、分析、書物の紹介などが主体。 真面目にヒトの生態を考える方向きの真面目なマガジン。 ---------------------------------------------------------------------- 汽車旅つれづれはなし 第9号  2001/8/29 関連サイト  http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5733/583k.htm 掲示板 http://www63.tcup.com/6325/shoo.html 電子メールあて先 d51-1@nzm.jrnet.ne.jp 発行人 山岡 鉄男 ------------------------------------------------------------------------

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