このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

定点観測のお勧め(新倉敷駅周辺)

写真は過去を記録するもので、単に古いと言うだけで値打ちがあったりします。
2000年と言う区切りの良い今、定点観測記録を残されては如何ですか。

有閑人は1966年に定点観測を開始しています。
撮影場所は倉敷市立玉島長尾小学校の裏山です。
当時此処に貯水槽が建設され、長尾の町並みが一望出来ました。
それから34年後、同一場所から撮影したのが下側の写真です。
JR山陽本線は、明治24年に山陽鉄道(私鉄)として開通しました。
右の写真は、1966年に新倉敷駅(当時玉島駅)を北側から撮影したもので、左側が神戸方、右側が下関方です。
玉島の旧市街地は駅より南2kmにあり、駅の改札口も南側だけでした。
夕方の駅前には、玉島の旅館の番頭さんが7〜8名、旅館毎の旗を持って出迎えに出ていました。
駅の構内には貨物列車の荷物を積み降ろす場所があって、その日の作業を終えた人達がニコニコ食堂やミツル食堂で焼酎を飲んでいました。
駅舎内には鉄道弘済会売店(現:キオスク)があって、鯛の浜焼きが名物でした。

写真(Fujica35EE、NeopanSS、転用禁止)

昭和50年に山陽新幹線が開通しました。
山陽新幹線の駅は山陽本線の北側に併設され、駅名も新倉敷駅と改称されました。
駅の北側にはくらしき作陽大学、ポリテクカレッジが開校され、最近は学生の町として発展しています。
上の写真と比べて、遠方の山並みと数件の家が同一地点である事を証明してくれます。
実は上の写真と同一場所は立ち木が邪魔をして撮影出来ませんでした。左下の倉庫は旧写真の中央に写っている物です。
サァ、あなたもカメラを持って定点観測に出かけましょう。

写真(MamiyaRB67、RDP2、転用禁止)




このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください