このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



「日本一怖い駅」の華麗な変身

かつてはその特異な形状から、「日本一怖い駅」との異名をとった阪神春日野道駅。
その在りし日の姿と今を見てみましょう。

いにしえの姿は構内のパネルに残る



写真は2003年10月及び2006年7月撮影



●日本一怖い駅
阪神春日野道駅。三宮まであと一駅の位置にある地下駅、というと何の変哲もない小駅のイメージですが、その島式ホーム1面のスペックがあまりにも強烈でした。
幅はわずかに260cm、これでも1934年の開業当時は300cmあったといいますが、戦後の車両大型化に伴う建築限界の変更で、上下線各20cmを削る破目になり、あの強烈なホームが「完成」しました。

春日野道駅ホーム

その駅もようやく2004年9月に改修工事により相対式ホームの新しい駅に生まれ変わりました。
お隣の岩屋駅も似たようなものでしたが、ホームはここまで狭くないため、地上に躍り出る特急がフルスピードで通過してました。
トンネルから突然現れる特急通過も怖かったのですが、こちらは一足早く2001年6月に上りホームを新設して改良されています。

このあたりの駅は海岸部の工場地帯の通勤客の足であり、春日野道が川崎製鉄(現JFEスチール)葺合工場、岩屋が神戸製鋼岩屋工場を控えており、多くの利用がある反面、利用者も駅の構造を心得ていたのか、それとも工場勤務で危険予知はお手の物だったのか、事故がなかったようです。
しかし、時は流れてこれらの工場は撤退し、東部新都心「HAT神戸」として生まれ変わったことで、住宅街が広がることになりました。特に高齢者が多い震災復興住宅が駅の近くに多いことから、バリアフリー対策を含めてより安全な駅に生まれ変わることを求められたのです。

●強烈なスペック
もともと地下化の際に駅を廃止したのですが、駅南側に工場が広がる川鉄などから存続の声が大きく駅を復活したという話です。ただし地下線開業後に復活させたゆえトンネルを拡幅できなくて、あそこまで狭いホームになったという逸話があります。

あまりにも狭すぎるホームですが、その狭いところに柱が立っていましたからもう大変。ホームドアを作った日には1本目の柱から先にはいけません。ホームドアや柵で防護できないので、ということでしょうか、ホーム中央に手すりがあり、安全を確保するようになっていました。

電車が到着するとこういう感じだった

春日野道には普通と準急(平日朝ラッシュ時のみ。この区間は各駅停車)しか停車しませんが、さすがに通過電車もこの駅は45kmに速度を落として通過していました。とはいえ次の三宮での折り返しなどの関係から、ここですれ違うとホーム繰りが楽なのか、上下同時の列車進入があります。

特に夕方は下りの普通が停車している最中に上りの快速急行が通過。構造上、いうまでもなくホームの真ん中に階段を置けませんから、階段は梅田寄りの1箇所。三宮の階段は逆側の先頭ですから余計に狭いホームを歩いて先端に向かう流れがある、というか、流れてくれないと乗れないので歩かざるを得ません。退勤時間帯で混み合うホーム、白線から下がったらすぐに上りホームの端になってしまう状態で、後ろに下がろうとすると、トンネルに響く警報音とともに快速急行が通過する、というスリル満点の状態が12分おきに繰り返されてきました。

改札への階段もこういう感じ

かといってホームにあまり立たれても困ると考えたのか、階段上に待合室がありました。
他の駅のようにホーム上ではないため、電車の接近メロディで出ても時間がないと見て、一呼吸早くメロディを流していましたが、これが通過メロディの曲だったのはご愛嬌でした。(ホームに降りると流れてくる「正規の」メロディは普通の接近メロディ)

●生まれ変わった駅と周辺
相対式ホームの建設は、壁の向こうで続けられました。
そして一夜城よろしく壁が取り払われて新しいホームが現れてからしばし、2004年9月に新ホームが使用開始になりました。
ただ、この時は旧改札口付近の構造物を取り壊す工事のため、5両分しか有効長が取れず、下り準急がドア締め切りをしていました。この部分の構造が予想以上に強固だったため、9月の新ホーム供用から「完成」まで11ヶ月かかっています。
そして「完成」は速度制限もなくなり、どこにでもある地下駅のようになりました。取り壊しを免れた旧ホームを除いては。

新装なった春日野道駅ホーム(中央には旧ホーム)

旧ホームには補強材としての柱が立ったため、ぱっと見では単なる上下線間の柱スペースのようですが、よく見るとあの独特のホームが残っています。新しいホームに目が慣れると、こんなにも狭かったのか、と思うような「ホーム」です。

かつてはここで乗り降りしていたとは...

改札前には在りし日の春日野道駅の写真や、周辺の昔日の写真パネルがあり、歴史を語り継ごうとしています。
バリアフリーも完備した春日野道駅、その地下通路は地上の往復10車線の国道2号線の横断地下道を兼ねていますが、駅の改良でこの地下道も綺麗になりましたし、改札前後にあった段差も解消されています。また、新たに西口も設けられています。

コンコース、自由通路も綺麗になりました

当時の地下道の面影を残すのがその南側(浜側)、国道2号線もどきの浜手幹線をさらにくぐってHAT神戸に向かう地下道です。
こちらは階段が残り、浜手幹線の南北に出る階段はちょっと通るのが躊躇われるくらいの歴史を感じる構造です。
そのまま直進するとHAT神戸に出るのですが、この浜手幹線からの最後の区間、デザイン的には手前と一緒であり、HATが出来てからの開通にも見えません。出口の部分だけは新しいですが、これはひょっとして川鉄葺合工場時代の専用通路だったのでしょうか。
手前の春日野道駅付近には、JFEの各建物への専用出口もありますし。

HAT神戸への地下道は昔と同じスタイル浜手幹線からの出入口は薄暗い...

地上に出て振り返ると、2003年に廃止になった神戸港貨物線の遺構が見えます。
その高架線の代わりに浜手幹線を越える新しい歩道橋がありますが、これは今歩いた地下道の代替としてバリアフリー対策として建設されたもの。国道2号線は地下道を春日野道駅改良に合わせて改築し、浜手幹線は一転して歩道橋で越すようにしています。
となると現在の地下道の去就が心配ですが、濡れずに行けるメリットがあるから、残るでしょうか。

地上はこんな感じです







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