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尾道で「大和」に乗ってみる

2005年暮れに公開され、ヒット作となった映画「男たちの大和」、そのロケが尾道市向島で行われましたが、その時に使用された「原寸大」セットが撮影終了後公開され、観光の目玉になっています。
私も帰省した際に話題の新名所に行ってみました。

尾道駅前


※2006年5月14日加筆


尾道と言うと昔は志賀直哉、林芙美子などが舞台に選んだ文学の街として名を上げましたが、大林宣彦監督作品のヒットもあり、今では映画の街として定着しています。
その尾道で今もっともホットな話題なのが映画「男たちの大和」です。このロケが尾道市向島で行われたのですが、そこになんと原寸大のセットが作られたのです。休止した日立造船向島西工場に現れたセットは大和の全長263mのうち実に190m。ロケ中から市街地からも遠望できたそのセットが、撮影終了後の2005年7月17日から2006年3月31日まで公開されることになりました。

まあ所詮はハリボテ、と言いたいところですが、やはり原寸大と言う大きさ、そして2005年4月にオープンした呉市海事科学館、いわゆる「大和ミュージアム」の人気から続く地元の「大和ブーム」もあり、大人気の観光スポットになりました。
限定公開のこのセット、取り敢えず5月7日までの公開延期が決まっています。

その大和ロケセットに、この1月に行って来ました。

大和艦上にて


●尾道駅から
アクセスは尾道駅前から始まります。
対岸の向島にあるのですが、クルマなら尾道大橋経由もしくは渡船になりますが、徒歩の場合は駅前の「駅前渡船」に乗ります。片道約5分で100円の船旅ですが、半分近くが尾道水道から入った小さな川を遡るのが特徴です。

尾道側の桟橋船内(船上?)はこんな感じ

隣の尾道港の出船入船、さらに尾道水道を行き交う各種船舶を縫うように航海する渡船は、ひっきりなしに航海しています。
5分ほどの航海で向島側の桟橋につきます。この船は今でこそ自転車、二輪までしか搭載しませんが、かつては自動車も積んでいたようです。

フェリーを交わして向島へ

●いざロケセットへ
上陸するとすぐ左手が日立造船の工場。
入ってすぐのところにシャトルバス乗り場があり、無料のシャトルバスでセットの前まで行きます。とはいえたったの2分ですから歩いても問題ない距離ですが、休止したとはいえ工場内と言うことで足元が悪いため、敢えてバス利用にしているようです。

工場入口。左手はすぐ桟橋シャトルバス乗り場

バスは尾道市営。2〜3台で回しています。2分程度ですから黙々と運ぶだけ、と思いきや、観光ガイド宜しく喋る運転士もいますが、寒いおやじギャグ責めというのも...

バスを降りると、まず艦首部分を見学し、写真を撮ってから入場券を購入します。
そこで帰れば無料、なんですが、帰りのバス乗り場がそこにはなく、タダ見で帰れるかどうかは不明です。

まず艦首へ向かう行列

さて、原寸大とはいえ、さすがに艦橋構造物やマストまで組み上げると大変です。
実は艦橋は最下段だけと上部構造物は兵装を除いたら無いも同然です。その兵装も、前部の第一主砲は、砲塔だけで砲身はありません。映画のポスターで士官と水兵が甲板に整列して対峙するシーンが出てますが、その左手、ちょうど砲塔だけの第一主砲が見えますが、セットも砲塔だけです。
それでも第二主砲と第一副砲だけでも迫力があることは確かです。

正面の物体が砲身の無い第一主砲塔このアングルだと迫力が出ます

ではこのセットでどうやってさまざまなシーンを撮ったのか、というと、現地に種明かしが書いてありますが、実は大和ミュージアムの模型と合成したのです。模型と言っても半端なものではありません。大和ミュージアムの目玉、1/10模型ですからそれだけでも迫力があるわけで、これと原寸大のコラボレーションなのです。

大和ミュージアム1/10模型。艦底から甲板まで人の背丈の2倍くらい

主役陣が演技を繰り広げた高角砲や高射機銃はしっかり作ってあります。
そして背後に回ると艦尾方向は省略。階段を下りるとき、鋼材を組んでいるセットの裏側も見せているのはご愛嬌です。

高角砲などセットの裏側

これで見学は終了し、食堂兼土産物屋のある建物へ。2階では大和に関する展示と、映画のメイキングビデオを上映してますが、ロケセットの脇にあるもう使うことの無いであろうドックも実は見どころです。ドックをこんな至近で見る機会などありませんから。
そして帰りのバスに乗ればあとは帰るだけです。

セットの隣のドック大和を後にバスに乗り...

●再び尾道へ
帰りも同じルートで帰りましたが、島内を回って別の渡船で帰る手もあります。
川船のような雰囲気を味わい、ロケセットを海から眺めるうちに尾道駅前に戻ってきました。

向島側に着く渡船海からロケセット方向を見る

この日は尾道ラーメンを食べて高速バスで尾道を後にしましたが、バス乗り場に出ていた、中国バスの昼行高速バス「弥次喜多ライナー」(横浜−福山−広島)の宣伝には苦笑です。
福山からの利用を宣伝してましたが、「横浜」はわかりますが、「東京」というのは。
町田バスセンターを経由するので間違いではないですが、やや無理があるのでは...

東京行き...



以下補遺

●「大和」を巡るあれこれ
5月7日一八○○時、大和公開は終了しました。
会期末までの入場者数は最終日に100万人の大台に達し、当初予定の25万人の実に4倍に達しました。あまりの人出に、この連休中、渡船からシャトルバス、さらにはロケセットと長時間の入場待ちが当たり前となり、ついには入場制限が敷かれて尾道駅には入場を諦めた人のために前売券の払い戻し窓口ができたほどです。
ロケセットは会期終了とともに解体工事に入りますが、主砲や兵装部の一部については、大和ミュージアムが譲渡を申し入れており、そちらで引き続き展示される公算が高いです。

賑わう尾道駅前

ところで、4月24日付の大阪朝日新聞夕刊は、大林宣彦監督が尾道での大和ロケセットの公開に対し、お金を取って公開し、戦争を商売にしていると批判しており、ロケセットがなくなるまで尾道には帰らないという記事を掲載しました。

これだけ聞くとさすが監督、と騙されそうですが、尾道に縁があったり行ったことがある人がこれを聞くと、「はぁ?」と思わざるを得ません。
確かに大林監督はお金を取ってまで自分の映画の展示をするのを良しとしないのは、市の「尾道映画資料館」に大林作品の展示が一切無いことからもわかります。
しかし、朝日の記事にあるように、「僕の自慢は尾道に映画の記念碑やセットを残していないことだ」というのであれば、「おいおい、ちょっと待ってよ」となります。

渡船乗り場の「『あした』ロケセット」の案内
(後方対岸は「大和」ロケセット)

市役所前からの尾道渡船で向島に渡ると、そこには向島島内各地へ向かう尾道市営バスの起点となる兼吉バス停があります。
ここには洋館作りの待合室がありますが、これこそ何を隠そう大林作品「あした」で呼子浜港待合室だった建物なのです。確かに大林監督の趣意の通り「記念碑はスクリーンの中でのみ残ればいい」ということで、「映画の記念館ではなくバスの待合室」として使われていますが(待合室内の掲示)、いかに公共施設になっているからといっても、看板その他、映画の時そのままの佇まいで、かつ内部にもロケ当時の写真やロケで使われた小道具をそのままにしておいて「記念碑やセットを残していない」とは良くぞ言ったものです。

兼吉バス停となった「呼子浜港待合室」
なお「三高汽船」は作品中のみで実在しない
内部にはロケ当時の小道具が残る
(背面には作中の架空の島「御調島」がある地図も)

他のロケ地にしても、兼吉バス停の脇に向島島内のロケ地案内図があるように、このシーンはこの場所で、というようにガイドブックまでが刊行され、事実上の記念碑となって「巡礼者」を集めていますが、これもどうでしょう。ご自身の関係でも好ましくないというのであれば筋は通っていますが。

兼吉バス停脇のロケ地マップ

尾道ゆかりの映画監督というと小津安二郎がいますが、このほかもともと文学の街として、尾道を舞台にした作品で知られる志賀直哉、林芙美子の作品と、坂と寺の街と言うのが観光の目玉でした。
しかしいつまでも志賀直哉では飽きが来るわけで、そこに登場したのが大林監督であり、尾道の観光もまた息を吹き返しました。

けれども歴史は繰り返します。いつまでも大林宣彦と言うわけには行きませんし、志賀直哉や林芙美子、また小津安二郎のように歴史的評価が確定した面々と違い、大林宣彦の場合はまだ歴史の評価に耐えうる映画監督として確立はしていないといえるだけに、現在の「大林ブーム」は流行が去ってしまうと志賀直哉や林芙美子よりも影が薄くなってしまうことさえ考えられます。
だからこそ尾道市も映画の街として各種ロケの誘致に力を入れ、それが花開いたのが「男たちの大和」であり、実はその趣意で大林監督も協力しているのです。
考え方によっては、映画の街として「次の世代」の巡礼が始まったともいえるわけです。そしてひょっとしたら古くからの文芸ファンからは「大林ブーム」すら、大林監督による大和批判のように批判されていたのかもしれないわけです。

長江町の狭い路地を行く市営バス
(これでも千光寺から新尾道駅方面へのメインルート)

大和のロケセットは日立造船の工場「跡」にあります。尾道の主要産業は造船でしたが、今は見る影も無く、観光が貴重な産業でもあります。坂と寺の街という旧市街も、裏を返せば狭隘かつ急勾配の路地が入り組む老朽化した街であり、将来の展望となると厳しいです。
「大和ブーム」を快く思わない人も少なくないことは承知していますが、そういう人々に限って今の再開発された駅前や「大和」なんかより、旧市街のよさを大事にしたいと主張するのには首を傾げます。
もし今の再開発が無かりせば、確かに雰囲気はありますが、昔のように2号線をはさんで向かい合っていた尾道駅と尾道桟橋のどっちもどっちという佇まいに代表されるような街が駅前から続いていては、人を集めるどころか人の流出が止まらないでしょう。

基本的に当時のままの簡素な尾道駅舎再開発された海岸部のボードウォーク

「しまなみ海道」の起点として期待された部分にしても、松山線に続いて今治線の高速バスも撤退し(因島大橋BSで因島土生港行きの路線バスから乗り換え)、今や、しまなみ海道の基点は福山が取って代わったようなものです。
そうした閉塞感の中で映画というターゲットに賭けたのですが、まず映画が当たり、評価されないとロケを誘致しても効果が出ないと言う悪条件の中、ようやく掘り当てた金脈である大和は、不況に喘ぐ尾道にとって干天の慈雨であることくらい、地元出身ならばよく分かっているはずです。

公開最後となったこの連休にも、大和は見なかったものの尾道を訪れましたが、昨年と比べても人の多さを実感できました。
ラーメン屋が日も高いうちから売り切れ仕舞いになってたり、行きつけの料理屋ではドリンクのオーダーもなかなか通らないほど混みあってたりと、「大和」のヒットが尾道に与えた経済効果は相当なものになっています。
関西圏ですらあまり宣伝は見ていない今回の公開、中国地方を中心にしたローカルイベントではありますが、それでも空前のヒットとなりました。

経済的には苦しい地合いが続く尾道には、「武士は食わねど高楊枝」的な余裕はありません。第二、第三の「大和」を今度は自分で発掘、企画することが求められています。

「大和」ロケセットがある造船所跡のライトアップ






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