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車掌車の仕分線

ヨ2000形 ヨ2058

初の新車車掌車です。それまでは、マッチ箱と呼ばれた2軸客車を改造した、ヨ1(ヨフ6000M44)、 ヨ1500(ヨフ7000M44、オープンデッキ)でした。 していました。2軸客車の様に担いばねのスパンが長くバネが軟らかいことにご注目。本車の”寄り目”窓配置が 戦後のヨ3500形第1タイプに繋がる訳です。
 日車本店・支店、汽車で100両製造され、12両が戦災廃車(最初は15両とされたが3両生存が確認され訂正)、残り88両が戦後残り、 昭和39年電灯とストーブ取付け、昭和42年に日車と名古屋工場で2段リンク化改造されました。 昭和50年代まで活躍が見られ、関西線系統でよく見た記憶があります。


1980.07 吹田区
【2005.7.25記述を追加】
ヨ2500形 ヨ2624
 昭和22年、駐留軍の命令で全列車の後部に緩急車を連結することに規程が改正され、 有蓋車ワ1形を急遽改造して車掌車ヨ2500形が誕生しました。 妻と側の端部に小さな窓を穿ち、中央のドアを固定して開き戸を設け、 車内に車掌車設備を設けたもので、改造は国鉄工場の他、日本鋼管鶴見や新潟鉄工など 民間工場でも行われ、日車でも本店で150両、支店で80両が改造されました。最大総数は700両のようです。
 種車のワ1形は元々明治期製造の木造有蓋車であっただけに 老朽化しており、暗くてきしむ車体、すきま風が吹込む車内は乗務員には 不評で「ガタヨ」「寒泣車」などと呼ばれ嫌われていたそうです。新しいワフやヨ3500形が 増備させるにつれて逐次廃車、昭和34年形式消滅しました。
 写真のヨはチャンネル材の側柱を持つワ1から改造されたもので 御殿場線専用となっております。
1957.01 国府津
【鈴木正様から貴重なお写真を頂きました】

ヨ5000形 ヨ13541

ヨ5000形は代表的車掌車ですが、ここに示す車は戦後製の1段リンクヨ3500形を2段リンク改造して 番号を+10000し、ヨ5000形に編入したものです。
 特にこの車は、ヨ2000形以来約15年振りに新製されたヨ3500形の第1タイプで、 ヨ3500〜3549が属し、昭和25年1〜3月に 新潟鉄工、富士産業、富士車輌で製造されました。本タイプは 戦前製車掌車ヨ2000形の設計を受継いで窓が中央に寄っており、デッキも 棒鋼組立なのが特徴です。
1980.10頃
【2005.7.25記述を追加】
ヨ5000形 ヨ5051

 ヨ3500形を2段リンク化した車掌車で、新造車の他、リンク式ヨ3500形から 2段リンク改造した13500〜14000番台のものがあります。昭和34年コンテナ特急「たから号」 用の車掌車として【新造】ヨ3500形から12両改造されたのが最初で、 2段リンク、かつバネスパンが2軸客車のように長いため85km/hの走行性能を持ち、 ヨ5005〜5011は「たから号」用としてコンテナと同色の淡緑色に塗られ、テールマークを掲げて活躍しました。 一方、写真の車は昭和37年の新造車で、協三工業+東急車輌の 協同で100両製造され、ヨ5000形唯一の新造車グループです。一般用のため黒色塗装でした。
 車体はヨ3500形の進化形で、リベットが見られず、近代化された外観を持っています。 車軸発電機は貨車用として新しく開発のKS0A形交流発電機が備えられたとか。 このヨ5051は笹島でよく見かけた記憶があります。
1981.03 笹島
【2005.7.25記述訂正・追記しました】

ヨ5000形 ヨ5809

ヨ5000形を、高さの低い石炭ホッパービンの下に 石炭車に連結したまま入れるよう、低屋根化改造した変形車で、5800 番台としました。北九州専属でした。この車の登場で石炭緩急車セフ1形が 消えてしまいました。

1981.03 船尾

ヨ6000形 ヨ5051

 昭和37年以降製造されたヨ5000形の後継形式で、ヨ5000形が3人分の車内設備を有していたのを、 2人分に留め、車長も約600mm、軸距も300mm短縮するなど、小形・軽量・ 近代化した車掌車です。走り装置は2段リンクで、85km/hの走行性能を有しています。 昭和46年の903両がピークで昭和60年753両あったものが翌61年に形式消滅しました。
 外観はスマートですが、かえって味気が無く、ヨ3500や5000に比べあまり好きな貨車 ではなかったため、写真も残していません。しかし北海道形6900番台などの存在を近年無くなってから知り、もっと積極的に撮っておけばよかった、と悔む今日この頃。 今になって慌てて保存車などを捜したりしています。
1981.03(ヨ5051と同じ日) 笹島
【2005.7.25記述訂正・追記しました】
ヨ8000形 ヨ8633

 老朽化した有蓋緩急車ワフ21000形、22000形などの置換えのために昭和49年以降 新造された車掌車で、現在唯一の現役形式。車掌車として初めて便所が 設備され床下に水タンクも持っていました。車体はコキフの車掌室を持ってきた ような造りなので、車内はせせこましいです。連結器の油圧緩衝装置、合成制輪子など、時代に合わせ装置も 現代化しています。昭和60年1163両あったもののJR各社に引継がれたのは300両余でした。
 現在は、甲種鉄道車輌輸送やかつ(濶)大貨物輸送の添乗用のみに使用されています。 筆者は仕事の関係で昨年添乗する機会を得ました。線路状況により 大きな周期のヨーイングとピッチングをたまに感じることはありましたが、 お尻が痛くなるような振動などはなく、意外に乗り心地は良かった です(また乗ってみた〜い)。便所は現在は使用されておりません。
2000.01 春日井


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