このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
トップページに戻る | コラム集の目次に戻る || サイトマップ
日本には、6月23日、8月6日、8月9日、8月15日など、先の大戦に関する記念日が多くある。それらの記念日には様々な行事が催され、我々に、過去を振り返り、新たな目で未来を見据える機会を与えてくれる。
だがこの記念行事、テレビなどで見ていて気になる点がある。それは、この種の行事に必ず組み込まれている、黙とうの時間である。
☆ ☆
誰しも幾度かは、黙とうを捧げた経験があるだろう。そのときのことをよく思い出していただきたい。目を閉じ、頭(こうべ)を垂れて押し黙っている30秒か1分かの間、何を考えていたかを。
中には、何も考えていなかったという方や、全く違うことを考えていたという方もあるかもしれないが、多くの方の回答は「犠牲者のめい福を祈り、平和を願って……」という決まり文句の範ちゅうに収まるのではないだろうか。
もちろん、純粋な追悼の念を踏みにじるつもりはない。だがその黙とうが、誰かの指示によって集団で一斉に捧げられたものであるならば、それは死者に対して大変失礼な行為にあたるかもしれない。
普段は特に死者を意識することなく生活している者が、黙とうを求められると、突然思い出したかのように、しおらしく頭を垂れる。本人にしたら一生懸命に祈っているつもりかもしれないが、言われたから思い出し、思い出したから祈ってみた、ただそれだけのことである。そもそも、普段死者を意識しない者は大概、無宗教の者なのだから、祈る対象すらにわかづくりである。祈りというより同情の念に近いのではなかろうか。
この態度が死者に対して失礼でないならば、何が失礼にあたるというのか。本当に死者を悼む気持ちがあるのならば、誰かに言われなくても勝手に何らかの行動をとっていよう。
「無言のまま、心の中で祈とうすること」(広辞苑)という言葉本来の意味は、もはや集団で行われる「黙とう」からは失われてしまっているのである。
☆ ☆
私が懸念しているのは、上に挙げたような個人レベルの問題だけではない。いや、むしろ本当に気がかりなのは、集団レベルの問題、すなわち、本来は個人の内面の表れであるはずの黙とうが集団の行事として行われている点なのである。
集団での黙とうは、確かに少々強引ではあるかもしれないが、我々に、人道主義的な観点から過去を見つめ直す機会を与えてくれる。だが、その強引さは国家主義と表裏一体である。
戦没者を追悼する儀式は、戦前の日本において、国威発揚の手段としてしばしば用いられてきた。靖国神社などはその最たるものである。もちろん、日本に限った話ではなく、米国の「リメンバー・パールハーバー」のように、似た手段は各国で用いられてきた。
現在、この種の記念式典の理念の中心にあるべきものは人道的な観点であろう。しかし、式次第を思い起こしてみるとどうだろう。「平和宣言」と題した演説で戦没者のことを無理矢理思い起こさせ、そして彼らの追悼のために皆で「黙とう」を捧げることを要求する。本来の意義を失った、形だけの「黙とう」を。
形式や連帯感にこだわるこの一連の儀式は、個人の主体性を否定し、国威発揚を図る、全体主義的なものに思えてならない。
☆ ☆
全体主義は、悪者とは限らない。私も全体主義の全てを否定するつもりはない。
が、日本は誤った国家主義に傾倒した過去をもっており、そして、それから50余年経った現在でも、過去に犯した侵略行為・残虐行為に対する謝罪や補償の問題を、未解決のまま引きずっている。それどころか、南京大虐殺のように、その事実があったかどうかすら、うやむやのままにしているものもある。
過去の行為を反省することなく、全体主義的な要素を含んだ儀式のみをただひたすらに続けることは、平和を祈念するどころか、誤った路線への再帰という大変危険な側面をはらんでいる。近隣諸国が敏感に反応するのも当然であろう。過去の清算を済ませないままで何を主張しようとも、周囲にはわがままとしか映らないのである。
日本には、唯一の被爆国として、核兵器の危険性を全世界に伝える責任がある。
しかし、いくら日本人が、ヒロシマ・ナガサキが、原爆の恐ろしさを説き、世界平和の重要性を主張しようとも、それだけでは世界には通用しない。過去の過ちを国家として、あるいはその一員として真剣に見つめ直し、その上で改めてヒロシマ・ナガサキを考え直さなければならない。今の日本に必要なのは黙とうの時間ではなく、討論の時間なのである。
被爆者の方々の高齢化が進んでいる。当時の様子を記憶する者は今後急速に減少し、しばらくすれば誰もいなくなってしまう。もはや一刻の猶予も許されない。今、過去の問題を解決しなければ、日本は永遠に責任を果たせないまま、核の傘に安住することになろう。
© 2001 Chisato Hayahoshi
トップページに戻る | コラム集の目次に戻る || サイトマップ
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |