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【解説】 京都議定書とアメリカ


速星 千里


 日本をはじめ各先進国は、京都議定書の批准をアメリカに働きかけている。 しかし、現実的に考えて、アメリカが周囲の説得に素直に応じて環境問題に真剣に取り組むとは考えられない。 我々は、無駄な説得に時間を使うより、地球温暖化問題をアメリカとともに緩和・解決していけるような他の方法を考えていくべきである。


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 アメリカは、ここのところ、ブッシュ大統領の下で帝国資本主義政策を強化している。CTBTの批准見送りやアフガン空爆、「悪の枢軸」発言など、強大な軍事力を背景に、独善的な行動を繰り返している。 あるいは、自由貿易を強要する一方で自国はブロック経済圏NAFTAを形成し、自国の産業を圧迫する他国の産業に対してはセーフガードを発令するなど、自国経済のもつ圧倒的な支配力を悪用し、カネになる市場はことごとく手中に収めようとしている。

 このようなアメリカが、自国の経済を犠牲にしてまで環境問題に取り組むであろうか。 そんなはずがない。 ましてや、自国が批准しなければ京都議定書は実効性を失う、別の言い方をすれば、批准すれば自国が他のどの国よりも大きな影響をこうむることになる、となればなおさらである。

 従って、アメリカを説得しようと努めることは、無駄な努力でしかない。 それどころか、説得を続ければ続けるほど、アメリカは国際社会において孤立を深めていくことになる。 すなわち、これ以上の説得は、アメリカがさらなる帝国主義へと進むきっかけをすら与えてしまいかねない、大きな危険をともなう行為である。 各先進国は、アメリカの説得を試みるだけの暇があるのならば、まず国内で、あるいはアメリカ抜きでもできることから、温暖化対策を実行に移すことに力を入れるべきである。


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 しかし、全世界の二酸化炭素排出量のうちの実に4分の1(25%)がアメリカによるものであるから、アメリカが対策に腰を上げない状況で地球温暖化問題を根本的に解決することは不可能である。 国内の対策と同時に、アメリカを温暖化対策に参加させる別の方策も考えていかなければならない。

 その方策とは、温暖化対策そのものの実効性よりも、対策を講じることで得られる経済効果に着目することである。

 京都会議においては、アメリカは当初、0%(1990年比)削減をかたくなに主張していたが、排出権取引を議定書に盛り込むことを条件に、削減目標値を7%にまで引き上げたという経緯があった。 ここから、アメリカには、自国の経済に影響しないような仕組みさえ整えば、国として二酸化炭素削減に取り組む用意があることが分かる。

 この姿勢の是非については議論のあるところであろうが、対策が急がれる今、重要なのは、削減に臨む姿勢よりも、削減そのものである。 この姿勢は憎むべき帝国資本主義そのものともいえるが、今回の場合、その理念は問題にせず、逆にその方針を利用してしまうことを考えるべきである。 温暖化防止がカネになることを示す方法を、考えるべきである。


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 排出権取引が京都議定書に明文化されたことによって、アメリカ自身が経済を後退させてまで温室効果ガスの削減に努めなくても、他国から排出権を移転させて削減目標を達成できることになった。

 これだけでは、アメリカが大枚をはたいて排出権という「無価値な」ものを購入しなければならないようにみえるが、実際は違う。 クリーン開発メカニズム(CDM)という、発展途上国で実現した排出削減を先進国の削減分としてカウントできる仕組みがあるのである。 これを活用すれば、途上国援助と排出権獲得がセットで行えることになる。

 すなわち、これまでに行ってきた途上国援助の内容を少し変えるだけで、排出権が獲得できる。 そして、アメリカ資本の海外進出、あるいは途上国の経済支配については、これまでの途上国援助と同様の効果が期待できる。 さらに、結果的に国内の環境関連産業を後押しする形となるため、世界的に成長が盛んな市場に対する支配力さえも得られるのである。 まさに、アメリカ好みの制度といえよう。


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 となれば、あとは受け入れ体制の整備である。

 実は、これについては日本も協力している部分がある。 日本は、途上国がCDM受け入れの国内制度を整えるために必要な人材の育成やモデル事業の研究などを、途上国政府と共同で実施している。 この方策自体は日本が削減目標を達成するためのものであるが、ひとたび受け入れ体制が整ってしまえば、当然、その体制を利用できる国は日本に限られない。 各先進国が競争して環境保全事業に取り組めるような下地の形成を、日本は後押ししているのである。

 実際に排出権取引が行われる場である市場も、その整備が進んでいる。 既に今年からイギリスで本格的な取引市場が動き出しており、2005年にはEU全域で取引が始まることになっている。 そして、先進国に削減義務が発生する2008年には、世界中の議定書批准国が参加した、巨大な市場ができあがるのだ。


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 アメリカの国内産業には、この市場に乗り遅れることへの懸念が広がりつつある。 そもそも、アメリカが議定書からの離脱を決めたのは産業を重視したためであるから、その産業界が排出権取引の開始を大きなビジネスチャンスと感じ始めたことで、アメリカが議定書に復帰する道は開けたといえよう。

 議定書への復帰が実現しなくても、この市場の成立がアメリカ産業に与える影響は大きい。 アメリカ企業が他の先進国で設立した現地法人は、削減義務を課せられ、温室効果ガスの削減に取り組むことになるからである。 そして、その際に得た削減のノウハウは、それ自体も商品となり、削減量という新たな商品をも生み出す、金のなる木である。 これに目を付けない企業はあるまい。国家としては削減に取り組まなくても、CO削減の動きは民間から広がっていくことになろう。


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 結局、アメリカで温暖化防止への取り組みが根付くかどうかは、排出権取引市場の成否にかかっている。

 アメリカでは先日、監査会社の不正が明るみに出て株価が暴落した。 温室効果ガスの削減量を監査・認証する制度は存在するが、これについても同じようなことが起こらないとは言い切れない。 排出権の価格が騰落を繰り返す事態になれば、市場は廃れてしまう。 だからといってあまり規制を厳しくすれば、売買に参加するためのハードルが高くなり、市場は発展しない。 いかにして市場を厳格かつ開放的に運営していくかが、問われている。

 市場の原理を生かせるかどうか。京都議定書の運命は、まさにこの1点にかかっているのである。


© 2002 Chisato Hayahoshi


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