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高千穂峰に天下んなった 天孫ニニギの宿      「鹿児島県」の目次へ
              

 むかーしむかしの、はるかむかし、高天原でアマテラスが孫の瓊々杵命(ニニギ)に云うた。
「豊あし原の千五百(ちいほ)秋の瑞穂の国はクサ、吾が子孫の王たるべき地やケン、宜しく皇孫のオマエが行って治めんしゃい」 天照大神が博多弁の筈はなかバッテン、神代のことやケン、よかたい。

 
八咫鏡(ヤタノカガミ)、草薙の剣(クサナギノツルギ)、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、ていう三種の神器ば授かって、ニニギは高天原ば離れ、天の浮橋から日向国の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天下らっしゃった。

 ニニギは「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙(かささ)の岬まで真っ直ぐに道が通じとつて、朝日のよく射す国、夕日のよく照る国やケン、とても良か土地タイ」いうて、そこに宮殿ば建てて住むことにしなった。
 これは天孫降臨の有名な話。

 そのニニギと、ついでにご親戚ば祀っちゃるとが、
高千穂峰の麓にある霧島神宮タイ。

ニニギノミコト(アマテラスの孫・瓊瓊杵尊)
コノハナサクヤヒメ(ニニギの嫁さん・木花咲耶媛尊)
ヒコホホデミノミコト(ニニギの長男・彦火火出見尊)
トヨタマヒメ(長男の嫁さん。豊玉媛尊)
ウガヤフキアエズノミコト(ニニギの孫・鵜草葺不合尊)
タマヨリヒメ(孫の嫁さん・玉依媛尊)

 むかしは官弊大社(かんぺいたいしゃ)いうて、いちばん格式の高っか神社やった。

 もともとは高千穂峰の、てっぺんとお鉢の中間にあった「背門丘」ていう場所にあったとやが、噴火のたんびに焼けてしまうもんやケン、村上天皇の天暦年間にクサ、天台宗の僧・性空上人が、田多尾瀬越え(いまの高千穂河原・古宮址)に再興しなったとバッテン、文歴元年(1234)の大噴火でここもまたまた全焼してしもうた。

 それから約250年は、田口の待世ていうとこに行宮ば作って祀っちゃったとやが
 後土御門天皇の文明16年(1469)に、薩摩11代藩主島津忠昌(ただまさ)の命令で、僧・兼慶(けんけい)いうとがいまの場所に再々興したとゲナ。いまからいうと、およそ540年前のこっタイ。

 ところがなんと、今度は噴火じゃのうて、失火ばしでかしてクサ、また全焼させてしもうた。「いい加減にしとかんかい」て藩主も腹かいたバッテン、相手がなんせ皇祖やもんやケン、どげんもしようのなかタイ。

 中御門天皇の正徳5年(1715)、21代藩主島津吉貴(よしたか)が寄進したとが今の社殿ちゅう訳。それでも今からすると、約290年も経っとることになる。

 社殿はいずれも朱塗りの華麗なもの。特に本殿は内部も豪華に装飾されとって、柱、梁、長押などはすべて朱漆塗りの上に、要所ば彩色文様や鍍金の飾り金具で装飾してある。

 壁には極彩色の浮き彫りば施した羽目板など、贅沢なもんげなタイ。中は入って見るいう訳にはいかんバッテン、拝殿の入口ば見ただけでももその絢爛豪華さが想像でける。神社建築で外部だけでなく内までこげん装飾ばこらしたもんは珍しかケン、「西の日光」てもいわれとるとゲナ。

 そやケン、当然のこと本殿・幣殿・拝殿・登り廊下・勅使殿は重要文化財タイ。

左と上・本殿の右にある神楽殿は2008年3月にでけたばっかし。
下・樹齢約800年ていう御神木の杉は、南九州の杉の祖先ていわれとる。

 霧島神宮には九つの面が宝物として秘蔵されとるゲナ。。

 この面は、今から300年ぐらい前、当時石工として有名やった海老原源左衛門いうとが奉納したていわれとる。

 この面ば拝んだら工面(九面)がよくなるいうことで、商工業者に信仰され、屋号やら商品などに使われとったらしか。

 昭和53年4月1日に市の指定有形文化財にもなっとると。神様は商売上手。シャレも上手バイ。

 九面のいきさつはこうタイ。

 ニニギが高天原から高千穂峰に下らっしゃる途中、見張りの神から「この先に一人の異様な神が待ち伏せしとりますバイ」ていう報告があった。

 付き添いの女神・アメノウズメが正体ば問いただしにいったところ、その異様な神は、女神の魅惑的な姿に見とれてしもうて
「あわわ、あわわ」ろれつが回らんごとなった。
「私は地上の神でサルタヒコていうもんで、御子が天降りしんしゃるて聞きましたケン、案内に参りましたと」て、なんとか答たとゲナ。

 そやケン、ニニギは「二武神と五伴緒」それに地上の神サルタヒコば加えて九人で霧島山・高千穂の峰に天降りしなったいう訳タイ。

 この九神の面が「九面」タイ。

二武神いうとは
天忍日命(アメノオシヒ・大伴連等の先祖神)
天津久米命(アマツクメヒ・久米直等の先祖神)

五伴緒(いつとものお)いうとは、五つの職業集団の長(おさ)のこと。
天児屋命(アメノコヤネ・中臣連らの先祖神。これも神官で後の藤原氏の先祖)
布刀玉命(フトダマ・忌部首らの先祖神・神事ばとりしきる神主さん・齊部)
天宇受売命(アメノウズメ・猿女君らの先祖神・巫女さん・芸能の女神)
伊斯許理度売命(イシコリドメ・作鏡連らの先祖神・鏡ば作る職人)
玉祖命(タマノオヤ・玉祖連らの先祖神・勾玉ば作る職人・玉造部の先祖)

 この光景ば太鼓の掛け合いで表現したとが民俗芸能の「霧島九面太鼓」タイ。

 また、霧島九面のレプリカば飾った橋が、神社入り口の国道223に架かる「霧島九面大橋」タイ。

 本物はなかなか拝まれんバッテン、この橋ならいっつもタダで見ることがでける。折角、霧島まで行っとって、つーッと通りすぎるとは勿体なか橋バイ。

 参道のロータリーに、最近「霧島天狗館」いうとのでけて、天狗の面が1700点も展示してある。オーナー館長は元霧島市長さんで、個人のコレクションやが、ここなら霧島九面の精密なレプリカば解説付きで見ることが出来る。

 金の工面に困っとる人は、どうぞ行って拝んで来んしゃい

面ばひとーつひとつ見よったら、怖か顔しとんなる割りにはユーモラスついつい頭ばなでとうなった。

 場所・霧島市霧島町。九州自動車道ば横川ICで下りる。県道50号線で9km東進。牧園で国道223号線に乗り、10kmで霧島温泉郷に入ったら「霧島神宮・丸尾の滝」案内板で右折。9kmで霧島九面大橋を渡ったら、直ぐの「観光案内所前」信号から参道へ左折。泊まるなら若手は近くの「霧島ハイツ」。シルバーは5km高千穂峰のほうへ登って、湯之野温泉の「みやま荘」がヨカ。ここの泉質は駅長のおすすめ日本一。広か裏庭に自然の鹿が歓迎に出てくる。  取材日 2008.07.09

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