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  口之津港の盛衰ば見続けて・・        「長崎県」の目次へ
 明治日本の産業革命遺産      

 口之津灯台は、三池石炭海外輸出港として入港船舶が増加し始めた明治13年に創設された。長崎県では3番、九州では8番、日本では43番目の灯台として初点灯した。レンガ造りの灯台としては、現在第七管区で最古のもの。
 場所は熊本県天草市の鬼池港との間をフェリーでつなぐ口之津港・土平崎の高台にある。

 明治のころ三池炭坑で生産された石炭は、口之津港まで帆船で運ばれ、ここから中大型船で主に海外へ輸出されとった。大航海時代から南蛮船も寄航した口之津は、明治11年に長崎税関口之津支庁が設置されると、大牟田の三池炭坑から次々と石炭が運ばれるようになって来た。明治22年には特別輸出港として発展する。そんな時代に造られたとが口之津灯台。

 近代日本の礎となった石炭産業、その盛衰ば見届けながら、現在もなお建設当時の姿で船舶の安全ば見守っとる。

 明治13年(1880)に建設されたとげなバッテン、屋根ばシロアリに食われ、明治28年に煉瓦造りに改築したとゲナ。
 瀟洒な外観からは想像できん。地上から塔頂までの高さは6.6m。

 シンプルで美しか灯籠部と蛇腹ば回した8角形の灯塔は独特で繊細。

 初期の洋式灯台に見られるような縦方向だけの美しかフレームが特徴。
 北緯32度36分05秒。東経130度11分50秒。

 光りは白か光ば7秒に2回閃光する群閃白光。光度は4,700カンデラ。
 光の到達距離は12.5海里(1海里は1,852mやケン、約23km)。南の天草鬼が池は勿論、東の三角まで届く。

 工事費は明治の金で4,162円27銭3厘やったゲナ。

 人気(ひとけ)のなか丘の畑に、真っ白のちいちゃか灯台。

 青か空にはポツンと白い雲があって、メルヘンチックいうたらありゃーせん。

 口之津港から天草の鬼池港までは、直線距離にして約8km。早崎瀬戸ば突っ切って30分で着く。6時半から18時半までの間は1時間に1本、島鉄のフェリーが出よる。

 鬼池港いうたら、天草下島の北の玄関で、島原の子守歌にもあるごと、口之津とは近かケン、昔から行ったり来たりのあったとタイ。

  口之津町

 口之津町(くちのつちょう)は、長崎県の島原半島の南端にあった町。南高来郡に属した。

 三井三池炭鉱の石炭積出港として発展したが、三池に港が完成した後は衰退した。船員の町として知られる。

 平成の大合併(2006年)で周辺7町(加津佐町、口之津町、南有馬町、北有馬町、西有家町、有家町、布津町、深江町)と対等合併し、南島原市となり消滅した。

 面積 9.98km2。総人口 6,695人(推計人口、2006年3月1日)
 町の木 アコウで町の花 ハマユウ。

 島原鉄道南目線と口の津駅

 島原鉄道(土地の人は略して島鉄)は、諫早駅から島原半島の加津佐駅まで44駅、78.5kmば走る。

 島原半島の北半分、諫早〜南島原間ば北目線、南島原〜加津佐間ば南目線て云う。
 その南目線が2008年4月1日に廃止されてしもうた。詳しくいうと島原外港〜加津佐間の20駅、35.3kmがのうなってしもうた。

 明治44年(1911)に本諫早〜愛野間で開業した島鉄と、大正11年(1922)島原湊〜堂崎間から始まった口之津鉄道が合体して、島原半島の足やった。

 しかし、モータリジェーションていう怪物には勝てんやった。雲仙災害にもやられて、赤字の8割は南目線やったゲナ。

 口之津駅は昭和3年(1928)に口之津鉄道の駅として開業した。昭和18年(1943)に会社が合併したもんやケン、島鉄の駅になった。

 国道ば挟んで駅の向こうは口之津港。

 日本人の娼婦「からゆきさん」も、この港から出稼ぎに出て行った。

 天正7年(1579)ポルトガル船で上陸したヴァリニアーノ神父は、宣教師たちば集めて口之津会議ば開き、増え続ける信者のために日本人司祭ば養成する学校ば作ろうて提案した。

 これが、有馬のコレジョ、セミナリヨやった。それば記念してか、駅前には大きか異人像が立っとる。

 場所・長崎県長崎市南山手町8番1号。九州自動車道ば松橋まで走って下りる。取付道路ば出たら左折国道181号線ば西へ3kmで松橋町の信号。左折して266号線ば西へ、三角半島の南側ば20km走ったら三角。天草大橋ば渡って約40km、天草市ば右折して突き抜ける。さらに10km北上すると鬼池港に着く。ここでフェリーに乗れば約30分、普通車3,000円で口之津港に着く。船ば下りたら街中ば西へ200mばかり走って左折港の北側に沿うて1kmも走れば灯台が見えてくる。       取材日 2008.02.20

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