このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

大天使ミカエルが玄関で迎えてくれる       「長崎県」の目次へ
国の重要伝統的建造物群

 ドンドン坂ば上り詰めたあたりの左手に、マンサード屋根が珍しか大きなレンガ造りの洋館が見えくる。

 これがロマネスク風の小さな聖堂ば持つ北フランス様式の建築物「マリア園」

 長崎湾ば見下ろす眺望のよか丘の中腹に建つ。

 そやけんいうて、これは観光施設じゃなか。

 いま、この中には親から離れた75人の子供たちが、25人のシスターたちと暮らしとる。

 養護施設と修道院いうことバッテン、その歴史は大浦天主堂で信徒発見ばしたプチジャン神父にさかのぼる。








大天使ミカエルの像が印象的な赤煉瓦造りの正面玄関。

 フランスから日本に来たプチジャン神父がいちばん心ば痛めたとは、親のおらん子供たちのことやった。明治10年(1877)、プチジャン神父はパリのミッション会にシスターの派遣ば要請する。そして4年後、4人のシスターがパリの「幼きイエズス修道会」から来て30人の孤児ば抱え、布教や貧者の救済などの使徒事業ば始めたていう。

 そのイエズス会修道院本部として創設されたとが「マリア園」の始まりていう訳。当初は粗末な木造やったとバッテン、明治31年(1898)にフランス人でマリア会修道士センネツ師の設計で現在の煉瓦造建物に建て替えられた。
 延床面積861坪という当時としては比較的大きか建物やつた。

 センネツ師が設計した建物には、このほかに海星学園本館(東山手町)があって、ここと同じ煉瓦造でここと同じ明治31年の竣工ゲナ。

 
昭和25年(1960)に同修道会本部が、兵庫県に移転してからは女子修道院になり、いまは幼きイエズス修道会の清心修道会と、養護施設マリア園として使われとる。

 1685坪ていう広か敷地の入口から、林の道ば進んで上にミカエルの像のある本館の玄関に着いた。玄関右手に本館から張り出したごとして礼拝堂があるごたる。

 玄関から勝手に入っていったら、シスターが出てこらっしゃったケン、「博多からマリア園ば見せて貰いにきましたとバッテン、よかでしょうか」いうたら、ニッコリして「ここは観光施設じゃありませんけど、どうぞ」て、礼拝堂に案内してくれた。
「写真撮してもヨカですか」て聞いたら、これも「どうぞ」て気持ちよくOKしてくれた。

 この礼拝堂は列柱のなか単廊式で、50坪ぐらいと小さか。祭壇は脇祭壇がのうて、中央祭壇のみ。中央祭壇の後ろ両側と左右壁面には上が半円アーチ形の縦長窓が並んどる。

 天井は4分割リブ・ヴォールト(こうもり天井)でリブは木製でやや太めバッテン、それば支持する柱の飾り・紋様と色の美しさはなんともいえん。

 このマリア園は、もう築110年以上も経過していることと、一般住宅として使用してきとるケン、痛みが激しかとらしか。このままでは危険やケン、移転や解体などの問題も出てきとるていう。

 しかし、文化財保護法で伝統的建造物に指定され、市の条令でも歴史的建築物として保護されとるていうことは、改築などにも規制がかかっとるケン、簡単にはいかん。長崎市が買い上げればよかたいて思うけど、観光施設として活用するには膨大な改修費が伴うケン財政上無理やろうていわれとる。

 バッテン(バッテン、本場の長崎やケン、ウンと使うバッテン)、観光ば目的として行政が歴史的保存地区と決めとる以上、建物の所有者が困っているときは、責任ば持って行政が対応せないかんめーもん。文化庁にどんどんいうてクサ、貴重な財産ば守っていかないかんタイ。長崎市はなんばしよるとや。

 数年前から建物の詳細な調査ばしたら、耐震上の問題もでてきとるとゲナ。マリア園の子供達の生活ば思うと、一日も早う解決の道ば見つけちゃんしゃいて云いとうなるタイ。
       

         
   蛙が3匹で  大天使ミカエル なぁーんて悪いシャレ

 カトリック教で、ミカエルは大天使ミカエルあるいは聖ミカエルの称号で呼ばれとる。

 英語の人名
マイケル(Michael)、フランス語ミシェル(Michel)は、この天使の名から来とるとタイ。

 甲冑ばまとって天の軍団の先頭ば行く、ていうイメージが一般化され、場合によっては孔雀のような翼ばつけた姿が多か。

 ミカエルは旧約聖書にも出てくるバッテン、黙示録ではミカエルが天使ば率いて赤い竜(サタン)と戦う場面が書かれとる。

 新約聖書外典の「モーセの黙示録」では モーセがシナイ山で十戒ば受けたとき、十戒ば記した石板ばクサ、モーセに渡したとはミカエルやったてされとる。

 また、ジャンヌ・ダルク(むかしイングリッド・バーグマンが主演した映画があった)に神の啓示ば与えたとはミカエルやったていわれとる。

右・マリア園の玄関にあるミカエルの像。

上左・入口の左側門柱にある「幼きイエスズ修道会・清心修道院」の表札。
上右・同じく右側門柱には「養護施設・マリア園」の銅板がはめ込まれとった。
上・入口からマリア園の正面。全景ば撮りたかったけど建物が意外に大きゅうて、ワイドレンズでなからな全部は入りきらんやった。

 そして何よりも手入れの行き届いとるとに感心する。修道院らしか清潔さが気持ちよか。チャペルていうとがぴったりの礼拝堂やった。
 撮し終わってでてきたら、「本館の方は、いま子供達が昼寝の最中ですケン、ご遠慮ください」やった。「外観と礼拝堂だけで充分です」いうて帰ってきた。

こじんまりとして可愛い、いかにも修道院らしか礼拝堂とステンドグラス。

上・ポルトガルのファチマ村に、ルチア(10才)・フランシスコ(9才)・ヤシンタ(7才)ていう3人の羊飼いの子がおった。
毎月13日の正午に聖母マリアが彼らの前に現れて、お祈りの大切さば教えんしゃったゲナ。
マリア園の庭には、そのファチマのマリアが園児達のためにある。
左・本館正面と折まわしになっとる礼拝堂。

モーセはモーゼても云うバッテン、正式にはモーセ。ラテン語:ではMoyses, Moses

 場所・長崎市南山手町。大浦天主堂の下から、向かって右へ石畳の道がクラバー通り。クラバー園に沿うて約600m行くと右手に門がある。車では道が狭くて行きにっかケン、天主堂下の駐車場に入れて歩いた方が、景色と雰囲気が楽しめる。観光施設じゃなかケン、見せて貰えるかどうかは、あなたとあちらさん次第。 取材日 2008.03.24

待合室へ 「長崎県」の目次へ

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください