このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
100年も見とれば天神も変わりましたバイ 「福岡県」の目次へ | ||
天下分け目の「関ヶ原」で、危なかった徳川家康は、豊前中津、たった禄高18万石の黒田長政に助けられて、天下ば取った。 | ||
東から見た赤煉瓦文化館。右に昭和通りと新しく架け替わった西中島橋。 | ||
博多のもんなら誰でも知っとるナゾナゾがある。 さて本題の建物やが、設計は明治時代の建築家辰野金吾工学博士と片岡安工学士ゲナ。もともと、日本生命保険株式会社九州支店として明治42年(1909)2月に竣工しとるとタイ。 この美しか赤煉瓦の積み方は「イギリス積み」いうてクサ、 1階2階とも福岡市文学館の展示室・会議室で見学は無料。午前9時から午後9時まで開いとる。 ライトアップされた夜景ばみると、フレンチルネッサンス様式て云われとるデザインば赤煉瓦が引き立てて「こげなよかもんの福岡にあったっちゃろうか」ていうごと美しか。 1階には「カフェ・ロイド」ていう喫茶室もあって、ゆっくりとくつろげる。ひょっとしたらと思うてクサ「ロイドちゃなんね」て聞いてみたたら、たまがったやねぇ、若っかねぇちゃんが「ハロルド・ロイドからきとるとです」て、いいなった。 「あんた、ハロルド・ロイドば知っとるとお」「逢うたことあ、ありまっせん」そらそうやろう。駅長も無声映画でしか見たこたあなかもん。 ハロルド・ロイド。1890年代、チャーリー・チャップリンとハロルド・ロイドと、バスター・キートンの三人ば「世界の三大喜劇王」ていいよった。ロイド眼鏡でも有名なロイドさんタイ。 ロイド眼鏡いうたら、鶴田浩二の「町のサンドイッチマン」ていう歌詞にも出てくるタイ。 ロイド眼鏡に燕尾服 泣いたら燕が笑うだろ 涙出た時ゃ空をみろ サンドイッチマン サンドイッチマン おいらは街のおどけもの 呆け笑顔で 今日もゆく ・・・・・・昭和28年、作詞・宮川哲夫、作曲・吉田 正、三人とも、もうとっくに死んだ。 なんで九州遺産が、関ヶ原から始まって、街のサンドイッチマンまで脱線するとお。文句はメールで駅長にいうてよお。ええくそ、脱線ついでにもういっちょ。 徳川に寝返った小早川秀秋。やっぱあ関ヶ原の(寝返った)手柄で、名島から岡山藩55万石に加増されたとバッテン、関ヶ原の合戦からわずか2年後の1602年に狂い死にしてしもうた。享年21やったゲナ。子はおらず、小早川家は断絶。死因は、関ヶ原の戦いで「秀秋の寝返りによって討死した大谷刑部吉継の呪い」やろうていう説もある。 長政は舞鶴城ば作るとき、もう要らんごとなったけんいうて、秀秋のおった名島城ば壊し、石ば運んできて使うた。これば「名島引け」ていう。中島橋の門の石垣も「名島引け」で名島から持ってきた。 この石垣の一部は、いまアクロス横の薬院新川で護岸用に使われとるケン、物好きなら見てみんしゃい。 この石垣こそ九州遺産かも知れん。 | ||
場所・福岡市中央区天神。天神の交差点から明治通りば東に歩いて5分。アクロスの前から左折して昭和通りの左角。 | ||
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