このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 前津江村の守り神            「大分県」の目次へ
国指定重要文化財
上の写真は左が覆屋(おおいや)でカバーされとる旧本殿。下の写真・近づいてみるとこうなっとる。
覆屋は覆堂(ふくどう、おおいどう、さやどう)ともいう。

 日田市前津江村のほぼ中央に大野ていう集落がある。大山ダムから山ん中ば走って行くと、ぽつんと大野老松天満社がある。ひときわ目を引くとが、鮮やかな朱色に彩られた旧本殿。

 この建物は「三間社流造の栩(くぬぎ)板葺き屋根」て云うそうで、室町時代の本格建築ゲナ。三間社流れ造りいうとは、正面の柱の間隔が三間あるから。

 流れ造りいうとは全面の屋根が後ろの屋根より長い造りのことばいう。
祀られとうとは菅原道真。

 今から1000年も前の平安時代に、日田の郡司やった大蔵永季(ながすえ)は大男で力持ちやった。朝廷に呼び出され相撲節会で優勝した。自分が勝てたとは大野老松天満のお陰いうて、その時朝廷からもろうた賞金で建てたとが始まりだとか。
その後長享2年(1488)に、土地の領主やった長谷部信安が再建したものて伝えられとる。

 昭和53年に国の重要文化財に指定され、復元のため解体修理ばして昭和59年に完成した。

 しかし、使用人や村人に嫌われ者やったお福の墓は、いつの間にか荒れ放題、おまけに釈迦像の額の黄金まで盗まれる始末。

 時を経て、つえどんの子孫が、大野の老松天満社に「どうしたらよかもんか?」お伺いをたてた。すると、「墓ば野ざらしにすれば一族にとって取り返しのつかん災いがくる」て云われた。そこで、お福の霊ば慰めるために、墓に屋根ば設けた。それが今日の祠になったていう。

 天満社から南に下った浦の寺には、長谷部一族の墓があり、お釈迦さまの像が建てられとる。そのお釈迦さまの額には、なぜか大きな穴が開いとって、今でもその額にどんなものが埋め込まれていたのか誰も知らん。

 こんな伝説がある。
 大野に屋敷ば構える領主長谷部のことば、土地の人は親しみを込めて「つえどん」と呼んどった。つえどんにはお福ていう年頃の娘がおった。器量は人並みバッテン、気性が荒くて使用人からも嫌われとった。
 
 ある秋の日、お福は何もかも嫌になって、ふいと屋敷ば飛び出した。町にやって来て店先ば覗いたりしよったバッテン、気晴らしにはならん。何日かたった夜更けに、お福は大野川沿いに帰ろうとしたっちゃが、真っ暗で心細くなるばかり。「これでもあたいは領主の娘だもん」プライドだけは衰えんお福がやっと家の通用門ば叩いた。

 中からは何の応答もなか。両手の拳で激しく叩き「開けてー」て叫ぶが、人の気配はまったくなか。
 お福は、門前に座り込んで泣き出した。父の愛情にまで疑問を抱いてしもうたお福は、やがてとぼとぼと山道ば歩き、またしゃがみこんだ。腹が減って動けんごとなっとった。

「領主の家にとって私は厄介者」と決めてかかるお福に、残された道は自らの命を絶つことだけやった。
 土塀に炭で「家の方角に向けて葬ってください」て書置きし、そばの樫の枝に縄をかけて首ば吊った。

 翌朝、狩りに出ようとする男が、首ば吊って既に事切れとるお福ば見つけた。知らせば聞いて駆けつけたつえどんが号泣した。「屋敷の者が総がかりでおまえぱ捜したていうとに・・・」

 お福の亡骸は、土塀に書かれた遺言どおりに、寺の墓地に「家の方向」に向けて葬られた。

 人一倍気性の激しが娘ばなくしたつえどんは、お墓の脇にお釈迦さまの石像ば建てて祀った。死後も娘への愛は変わらんと云う証拠に、釈迦像の額には黄金の印もはめ込んだ。

社の入り口にある「前津江郷土文化保存伝習施設」ていう
長たらしか名前の資料館には珍しかものがいっぱい展示されとった。

上・左は覆堂に守られた旧本殿。
下は現在の本殿

 前津江村(まえつえむら)は、大分県西部の日田郡南部にあった村。平成の大合併で、2005年に中津江村、上津江村、大山町、天瀬町とともに日田市へ編入され、行政地域としては消滅してしもうた。

 「前津江」「中津江」「上津江」の名前も、むかしは「奥津江」に対しての「前津江」やったそうな
 村の大半は1000メートル級の山に囲まれた高冷地で、筑後や福岡市民への水の供給源でもある。定住人口は2000人。

 このへんの道はややこしゅうて、走っとったら何度も道に迷う。四方が深か山林やケン、迷うた時の心細さというたらなか。

 となりの中津江村(なかつえむら)は、前津江村、上津江村、大山町、天瀬町が日田市へ合併し、行政地域としては消滅したとき、前津江村、上津江村は「村」の名称ば廃止したとに対し、「大分県日田市中津江村」として「村」の名称を残した形で地名ば残した。

 2002年に開催された日韓ワールドカップの際、中津江村は村内のスポー ツ施設ば有効活用しょうと公認キャンプ地として名乗りを上げて運動した。その結果アフリカのカメルーン代表のキャンプ地に選ばれた。

 テレビ朝日の番組「ニュースステーション」でメインキャスターしよった久米宏が「いちばん小さな自治体のキャンプ地」として着目し、現地から歓迎の様子ば生放送しょうと乗り込んだもんの、カメルーン選手団の到着が遅れたもんやケン、当時の村長の
坂本休(さかもとやすむ)さんとともに有名になった。

 場所・大分県日田市前津江町大野。太宰府ICから九州自動車道・大分自動車道と乗り継いで日田まで60km。約40分。普通車ETCで1,180円。日田ば下りたら国道212号線へ右折、5kmで国道210号線へ突き当たる。左折2kmで「大宮」の信号で右折。大山川に沿うて約4kmで大山町の「中川原」信号ば右折。県道9号線ば大山ダムの左岸ば走る。約9kmで前津江町に到着。 取材日 2008.9.22

待合室へ 「大分県」の目次へ

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください