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明治の水力発電は原発の2000分の1    「鹿児島県」の目次へ
 登録有形文化財                  

日置市伊集院町 神之川(かみのかわ)の中流左岸にある大田発電所は、明治41年(1908)に島津家の自家用発電所として造られたもの。

 自家用ていうても家の電気に使いよったとじゃなか。こっから北に15km離れた島津家が経営の串木野神岡鉱山に電気ば供給しよった。鉱山では精錬所の動力や電灯に利用しよったていう。

 もともと薩摩藩では寛永17年(1640)この辺の山で金山ば発見し盛んに採掘しよったとバッテン、寛永20年(1643)に江戸幕府から採掘中止の命令が下された。

 そやケン余った鉱山技術者が1650年頃から当時有望視されとった串木野村付近ば探査して承応元年(1652年)に鉱脈ば発見した。明暦元年(1655)から開発が始められ、万治3年(1660)には島津綱貴の指示で本格的な採掘が始められとったていう。

 一時は7千人ば超える鉱夫が集まっとったゲナ。バッテン、その後次第に衰え天和2年(1682)にはとうとう休山になってしもうた。

 元禄11年(1698)50年前には止めろていうとった江戸幕府が、今度は各藩に鉱山の開発ば指示してきた。
 薩摩藩もこれに従い再開発に着手し、約100人の鉱山技術者ば派遣しとった。

 明治4年(1871)頃からは水車ば使うごとなり、水銀ば利用する精錬法が導入されたこともあって、銀の生産量が急増してきとった。こげなふうで薩摩藩と鉱山のつながりは古うて長かっとる。

 昭和3年には日本水電、17年には九州配電、そして26年からは九州電力が引継ぎ、いまも最大550Kw(普段はたったの190Kw)の発電ばして伊集院町周辺に配電しとる。

 原発 1 機の発電量が約 100 万 Kwていうことば考えると、2000分の1でいかにもみみっちか。バッテン、原発と違うて水力発電所やケン、安全で有害なカスは出さん。

 発電所は明治にでけたもんだけあって風格のある造り。桁行15m、梁間12m規模の石造平屋建で、南側の隅に八角形塔屋ば張り出し、妻面には島津家の家紋ばあしらうた特徴的な外観になっとる。昭和28年(1953)に改修された。

平成17年(2005) 土木学会選奨土木遺産として登録され、平成20年(2008)登録有形文化財(建造物)として登録さ れとる。

 神之川の大田ダムより取水した発電用の水は、水路や2つの沈砂池ば経て、導水トンネル(轟隧道)ば通り、ヘッドタンク・発電施設へ流れ込む。

 使うとる水は毎秒3.62立方メートル。落差19メートル。

 水車は横軸フランシス水車で発電機は横軸三相交流同期発電機1台。 導水路の長さ491m、主要導水路は幅2.46m、高さ1.9mゲナ。

 導水トンネル(轟隧道)の出入口の壁面は切石積みで、石造アーチトンネルの一部が確認できる。

 壁面の両側には壁柱が、上部には笠石が配置され、上には島津家家紋の「丸に十の字」(くつわ紋)が彫られとる。

 話は違うバッテン、フランシスコ・ザビエルが布教のために鹿児島に来たとき、島津が「白か十字架」ば使用しよったもんやケン、たまがったていう記録がある。

 出入口の壁面は石造で入口側の扁額には「轟隧道」の文字が彫られとった。

いかにも中に入って詳しゅう撮したごたるバッテン、写真は全部柵の外から撮したもんばっかりで、発電所の中には入ることはでけん。

 伊集院町大田(いじゅういんちょうおおた)は、鹿児島県日置市の大字。旧日置郡伊集院郷大田村やった。いまは日置郡伊集院町大田。人口は617人、世帯数は269世帯(2010年10月1日現在) 日置市の中部、神之川の中流域にある。

 神之川は太田発電所から西へやく4キロの東市来町で東シナ海に注ぐ。

 大田ていう地名は鎌倉期からあって、建久8年(1198)の薩摩国図田帳に伊集院のうちとして見えるとが最初て考えられとる。

 薩摩国府の官僚として威張っとった大前道友の大隅正八幡宮(現在の鹿児島神宮)領のうちの万得領であった。万得領いうとは神社の経費ばまかなうための領地タイ。

 南北朝後期には伊集院久氏の五男やった久勝が大田ば所有しとって、自分の姓も大田氏て変えとった。

 宝徳2年に伊集院氏の8代当主やった伊集院煕久が肥後へ亡命し、伊集院の全域が島津氏の直轄領となり、大田も島津氏のになってしもうとった。

 明治22年(1889)に町村制が施行されたとき、伊集院郷の中部の区域から中伊集院村が成立し、江戸期の大田村は中伊集院村の大字「大田」となった。

 大正11年(1922)に中伊集院村が町制施行し、伊集院町となり、伊集院町の大字となった。

 平成17年(2005)には伊集院町が東市来町、日吉町、吹上町と共に新設合併し、日置市が成立。それまでの大字大田は日置市の大字「伊集院町大田」となったと。

神之川は流れが美しうて水が透き通っとるケン、ここでてける電気も美しゅうてよう光る。
→柵の外からしか取材がでけん。中に入るためには前もって許可ばもろうとかないかん。
↓2005年に貰うた土木遺産のプレート。

 場所・鹿児島県日置市伊集院町大田字管田。九州自動車道ば太宰府ICから134キロ八代JCTで南九州道の西回り線へ右折して、タダの西回り線と国道3号線ば乗り継いで120キロ。伊集院町の美山ICで下りる。右折して400mの県道24号線「美山信号」ば右折2キロ走って「太田下信号」ばまた右折1キロ弱で右手に見えてくる。  取材日2008.7.8

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