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近道のトンネルは心霊スポット      「鹿児島県」の目次へ
                         

 頴娃の漢字は難読地名トップレベルの難しさ。
頴(え)は飛び抜けるの意味。娃(い)は美しいの意味。

 1588年頴娃の獅子城ば居城としとった七代目頴娃久虎が不慮の死(暗殺かどうか不明)ば遂げた。薩摩の有力豪族「頴娃氏」が所領していた指宿・山川・頴娃は島津氏に取り上げられ獅子城もとり壊された。

 1587年秀吉の薩摩侵攻で島津氏が破れ、頴娃は薩摩直轄領となり軍馬の育成に利用される。1600年3月、薩摩直轄領の頴娃は伊集院忠真(元々は都城の豪族)にあてがわれ猫城などが築城(改築?)される。

 滅亡・国替えなどで頴娃ていうエリアは大きくなったり小さくなったりしとるケン、頴娃という地名の起源が現在は頴娃でない池田湖であっても不思議ではなか。

 現在頴娃の町は鳥越トンネルから約5km南西。人口は約1万3千人。

池田湖の方から上っていくと、町境の標識があって、すぐ先にトンネルの入り口が見える。
←右から「鳥越隧道」て見える。

 鳥越隧道(とりごえトンネル)は、鹿児島県の指宿市と南九州市頴娃町(えいちょう)ば結ぶ県道頴娃・宮ヶ浜線にある隧道。

 鹿児島県では珍しい石組みの隧道で、同じ大きさの石ば使うて綺麗な石組みがめずらしか。

 現在でも、車両の通行が可能バッテン、隧道の幅員は4.5mで、トンネル前後は薄暗く、照明が付いとらんもんやケン、気の弱かもんは延長84.0mのトンネルば通るとは、ちょっと怖い。

 出入り口付近は、鹿児島県の石橋によくみられる二重の環石で、また、道路両側の法面も石垣やケン、時代を感じさせるデザイン。

 淋しか場所にあるトンネルやケン、心霊スポットにもなっとって、夜走りよったらライトが消えたとか、ライトガついたら前に女の人がおったとか、そげな話しが多か。

 
頴娃町(えいちょう)は、鹿児島県の南部にあった町で、揖宿郡に属しとった。

 2004年に喜入町が、2006年に山川町と開聞町がそれぞれ合併により郡から離れたもんやケン、揖宿郡唯一の町やった。

 しかし、2007年に川辺郡川辺町、川辺郡知覧町と合併して南九州市になった。

 なし頴娃(えい)なんていう難しか地名なのか?

 由来はいくつかあり、どれかていうことはわかっとらん。奈良時代から平安始めのころから頴娃と書くようになつた。

 「衣(エ)⇒江(ヱ)⇒えの⇒えい」とうい風に呼び名が徐々に変わっていった。江は湖か海のほとりば意味し、現在の頴娃の砂浜か池田湖が有力。

 開聞社家の記に「頴娃の名、その原始は江より出づ・・・」の記述が残されているのが見つかったことで池田湖説が一番有力になっとる。

 地域のオバちゃん達は「池田湖は頴娃じゃないがね〜、違うんじゃない」てこの説に納得しとんなれん。

 場所・鹿児島県南九州市頴娃町。太宰府ICから九州自動車道を鹿児島西ICまで、267km。3時間。普通車ETCで4,200円。鹿児島西ICをそのまま指宿有料道路へ直進。30kmの「頴娃」終点で降りる。県道17号線ば14km走って県道27号線に突き当たり、右折してスグの県道236号線に入り、約2kmで南九州市の標識。そのすぐ先にトンネルの入口が見える。  取材日2008.7.8

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