このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
地元の人に愛されたポッポ汽車 「鉄道遺跡」の目次へ | |
鉄道遺産 | |
大正元年(1912)、大川鉄道が、久留米〜大川間に軽便鉄道ば走らせた。 | |
ここば走りよった蒸気機関車は「ピッーポッー、ピッーポッー」て牧歌的な汽笛ば鳴らして走りよったケン、みんなから「ポッポ汽車」て親しまれとった。 2006年8月に始めて見に行ったとき、だいぶんくたぶれとって「可哀想かなあ」て思いよったら、次に通りかかったときにはピカピカに整備されとった。駅長が嬉しゅうなってクサ、久留米市にお礼のメールばしたら三潴支所から電話があって「整備したとは2007年の桜が散った後で。洗浄に2日、塗装は3回塗り重ねで3日間。費用は三潴町内の業者さんにお願いして安くしてもらった」ていう連絡ばもろうた。 当時、蒸気機関車は全部で9両おって、1号〜5号がドイツのアーサー・コッペル製やった。作られたとは明治44年(1911)。4輪連結のタンク機関車やった。 | |
場所・久留米市三潴町高三潴。久留米市の中心部本町信号から、県道23号線ば約6km南下して大善寺玉垂宮の横ば直進。さらに約1kmで「早津崎」の信号ば右折。約1kmで道路の左手に見える。 取材日 2006.08.22〜2007.09.09 | |
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