このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

九州で初めての鉄道ば走った岡蒸気      「鉄道遺跡」の目次へ
鉄道記念物・宇佐市有形民俗文化財
 

明治5年(1872)9月12日、汽笛一声。新橋〜横浜(桜木町)間に日本で初めての鉄道が開業した。

 弱冠21才やった明治天皇も乗せて、10両編成の一番列車が新橋〜横浜間、34kmば53分で走った。

 歩けば一日掛かりやったところば53分。みんながたまがった。

 運賃は上等で1円12銭5厘、下等で37銭5厘、 1円で米30キロ買えた時代やった。

 SLのことば、当時は
「岡蒸気」ていいよった。蒸気機関で動く船はすでにあったケン、それの陸上版ていう意味やったっちゃろう。

 22年遅れて明治27年(1894)、九州鉄道が始めて
博多〜久留米間に鉄道ば走らせたとき、ドイツから
購入した20両の蒸気機関車の1両がここにある
「26号蒸気機関車」タイ。
 

 これはリニューアル前のオリジナル。保存場所は同じ宇佐神宮バッテン、鉄骨スレート葺きの粗末な入れ物やった。
            昭和47年(1972)11月26日撮影。

 作られたとは、ドイツのミュンヘンにあった名門クラウスの工場。明治24(1891)年の生まれやケン、116才。日本に来てからも110年以上経つ。

 機関車の仕様は、長さが7.509m。幅2.546m。高さ3.616m。重量(水・石炭積んで)23.36トン。
(空車やったら)18.16トン。水槽容積1.76立方メートル。クラウスの製造番号は2550号やった。

 明治40年(1907)、鉄道国有法で国有となって、国鉄では10型形式て呼ばれ、
鳥栖機関区で働いた。
 昭和23年(1948)、大分交通に来て
宇佐参宮線の主役になった。

 宇佐参宮線(うささんぐうせん)ていうとは、豊後高田市の豊後高田駅から日豊本線の宇佐駅ば経て、宇佐神宮のある宇佐八幡駅までば結んで走りよったっちゃが・・

 昭和40年(1965)、宇佐参宮線が廃止されたもんやケン、廃車されて当時の宇佐町へ寄贈されとった。宇佐町では「やっぱあ宇佐神宮に縁の深かか蒸気機関車やもん」いうて、
宇佐神宮に展示場所ば作って保存展示ばしとったとバッテン、実質はほったらかしで、腐りかかっとった。

 このことば知った「宇佐ライオンズクラブ」が考えたとは、
明治時代に日本が輸入した蒸気機関車は、イギリス製が主流でドイツ製は少なかこと、
クラウス社の10形式SLは、全国に3両しか保存されとらん貴重な文化財であること、
宇佐参宮鉄道の歴史ば知る上でも重要な資料じゃなかか、て判断しなったっタイ。

 そんなら、2001年に40周年ば迎えるライオンズクラブの記念事業として復活させようじゃなかや、いうことになって、修復の見積もりば取ったら、合計5,710,000円かかるちゅうことが分かった。ほかにも上屋も作り直さないかんし、展示解説板ももいる。

 宇佐の新たな観光資源にするためには1千万円の資金がいるということで、
「走れクラウス、2001人計画」2001年にちなんで、2001人×5,000円の募金活動が始まったていう訳タイ。

 それがちゃんと計画通りに集まったかどうかは知らんバッテン、駅長が訪ねていった2004年7月には、JR小倉工場関連の職場で修理され、見事ピカピカに甦ったクラウスが、光り輝いて帰ってきとった。

 宇佐神宮も26号ば入れるモダンな展示施設ば作んなったケン、美しゅうなった蒸気機関車はいま「長生きしとってよかったぁーっ」て喜んどるタイ。
 なお、この計画に賛同した協力者の名前は、タイムカプセルに納まって、埋められとうとゲナ。

 場所・宇佐市宇佐神宮境内。福岡から九州道ば小倉東ICで下りて、国道10号線ば行橋市・中津市経由して、宇佐市にはいる。法鏡寺の信号から約2kmで右手に神宮の駐車場がある。          取材日 2004.7.30/2006.6.19

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