このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

油山十六景
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場所・福岡市城南区

 油山の正覚寺にある十六羅漢にちなんでクサ、昭和の初期、油山十六景いうとが制定されとると。

 市は順番に回れるごとハイキングコースば整備しとったらしかバッテン、今では崩れたとこもあって、管理がよかとは云えん。

 しかし、タダやケン、文句はいわずに歩いてみまっしょう。

 新羅式石門

 二代藩主・黒田忠之が建てた楼門の跡に、明治23年(1890)古代朝鮮から渡来した技法で建てられたとが、この新羅式石門。

 一人の修行僧が、精魂こめて造んなたもんゲナ。

 本来なら三層の屋根バッテン、二層しかなかとは、造りよんなった修行僧が、あんまり無理しなったもんやケン、

 門は造ったバッテン、体は壊してしもうて、とうとう力尽き果て一層だけ省略してしまいなった結果ていわれとる。

 光ヶ滝

 正覚寺の石門の前にお不動さんのおんなって、その横から谷川沿いに約300m登っていけばある。

 むかし、田島の土手から見たとき、滝がきらきら光って見えたケン、この名がついたゲナ。いまは、とても田島からは見えん。

 水量は少なか。白糸のような滝の水が岩面を這うごとチョロチョロて流れとる。

 むかしは霊域で、信者がこの滝にうたれて修行しよったらしく、不動明王の像が残っとる。

 登っていく道は、草ぼうぼうで、管理されとるとは云えん。
 ようするにほったらかし。良う云えば自然のまま。 

 鎮西国師学寮跡

 鎮西国師は筑前国香月(いま八幡区)の出身で、学徳兼備の聖やったゲナ。

 建久2年(1191)ここに来なってクサ、学問所ば建てなった跡がここていわれとる。

 いまは浄土宗関係者によって 記念碑が建てられとる。

 当時は師ば慕うて学僧が集まり、350もの坊があったゲナ。 

 坊住跡

 東・西油山に泉福寺・天福寺を中心に720坊が建立されていた頃の屋敷跡。

 正覚寺参道左側に石垣が残っとるていうことやが、右にはらしきもんがあったバッテン、左には見つけきらんやった。

 六地蔵

 寛文12年(1672)疫病が流行したとき、供養のために建立された供養塔で、六体の地蔵が祭っちゃあらしか。

 行ったバッテン、入り口にある家の大きな飼い犬が吠えたくって、入っていけんやった。

姫ヶ淵
 市民の森・吊り橋の東側基点は巨岩の上にあって、下は絶壁になっとる。

 油山は黒田藩代々の御狩場になっとったケン、何代目かの藩主がクサ、お姫様ば連れて来なったときに、姫の籠ば降ろしたところが丁度淵に突き出したこの絶壁の岩の上だったゲナ。

 姫はびっくりこいて、泣き出しなったてタイ。それで、ここば姫ヶ淵て云うゴトなった訳。

山笠岩

 市民の森キャンプ場ば流れる谷川の、上流約500mにある。

 山笠にしたらよかろうていうような形ばしとるケン、山笠岩になった。

 巨岩が三つも四つも重なっとうケン、この山笠はかつぐとい、おおごとしょうや。

妙見岩

 むかし北辰妙見大菩薩がまつられとったところで龍樹権現の上宮でもあったて、説明板にあっバッテン、なんのことか分からん。

 いまは大岩がひとつあるだけ。

 干ばつのときは焚火して、太鼓ばたたいて、雨乞いしよった場所らしかバッテン、いまは、そげな雰囲気はなか。

 ここは梅林方面から登ってきた道との合流点になっとる。

国見岩

 妙見岩から山頂の方向へ300m尾根伝いに行くと、二段重ねの岩がある。

 いまは樹木が茂って、視界がせまかけど、むかしはこの岩にあがると、筑前の国(朝倉から遠賀まで)が見渡せたらしゅうて、この名が付けられとる。

 黒田の殿様も城下の配置ば眺めに来たことのあるらしか。

油谷

 光ヶ滝から峠を越えた東側の谷に、以前は600m〜700mにわたって椿が群生しとったゲナ。

 その実ば絞って清賀上人が油ば採りよったケン、油山と名付けられたとバッテン、昭和38年の水害で谷は崩れて、椿は流されてしもうた。

 いまは、ここがそうやった、ていうだけ。

白波の滝

 市民の森の管理棟から、水の森へ下っていく。

 森の中ば流れる三つの渓流が、1ヶ所に集まっとる。

で飛び散っとうケン、名付けられた。

 夏は涼しゅうて良かとこバイ。

天狗岩

 水の森・白波の滝から下流約100mの左側にある岩。

 絶壁が聳立し、天狗でなければ登れんごたあ岩やケン、この名がついたげなバッテン、いま見てみると、たいしたこたあなか。

 第一よっぽど注意せな見つけきらんくらい、隠れてしもうとる。

 油山16景のひとつていうとなら、もちぃーとは、回りばどげんかでけんもんかねえ。

浩然台

 油山観音から急な坂ばひと登りすれば浩然台につく。

 福岡の市街地が眼下に見えて、油山登山の休憩場所やったらしいが、植林しとった檜が伸びて、展望が利かんごとなっとる。

 むかしは、松が生えとって 月見の宴やらもしよんなったらしか。

 木さえ切れば良か場所バッテンねえ。そうすりゃ自然ば壊すことになるし、痛し痒しバイ。

夫婦岩

 市民の森・夫婦石(めおといわ)展望台のすぐ下にある。

 二つの大岩が仲良く並んどるケン名付けられた。

 伝説のひとつでも、考え出しとけばよかったとい、ただ、ふたあつ岩のあるケン、夫婦岩じゃあ愛想もこそもなか。

 

 駅長なら、すぐにおおまん話ば考えてやったといねえ。
 夫婦岩展望台は、市民の森ば建設途中の昭和43年、皇太子夫妻がきんしゃったケン、慌てて造ったとゲナ。

 宝満山から立花山にかけての連山ば背景に、市街地・博多湾・玄海国定公園が一望できる。

 油山に展望台は、ここのほか片江展望台・中央展望台・もみじ園の展望台があるバッテン、もみじ園のとが一番ヨカ。

そのほか
 道徳の森・標識だけはあるバッテン、分からん。道徳坊ていう僧が修行したところていわれとる。

 夫婦滝・夫婦岩浄水場の東側、花畑園芸公園内の池の下にあるゲナが、水路改修で水は流れとらん。

 これで16景全部やが、市か緑の協会かなんか知らんバッテン、昭和の初期に制定したとば、いまだにそんままちゅうとが可笑しかっちゃなかと。いまにしてみれば「これが16景ていうほどのものかいな」て思うようなつまらんモンもある。いま、油山にはほかにも良かとこのあるっちゃケン、あらためて制定し直したらどげんかいな。

 そうして制定したり、指定したりする以上、なんちゅうたっちや整備と管理ばしっかりせな。
 行政がするこたあ、蒸気機関車の保存もいっしょバッテン、はじめの思いつきだけであとはほったらかし。無責任すぎる。これは初期費用だけで維持管理費用ば予算化しとらんけんタイ。観音さんのある油山やケンやろうバッテン、そげなとば「しり食え観音」ていうとタイ。

 油山観光通りば登って、油山観音正覚寺で左折、500mで市民の森ゲート。

 ここで駐車料300円払えば、標高290mの管理棟駐車場に車が一日中置ける。

 桧原四ツ角から西に300m。桧原三ツ角の先のマンションから左折すれば、花畑園芸公園の西側・浄水場・夫婦岩病院の横ば回り、ゴルフ場の前ば通ってもこのゲートに行ける。

 十六景の案内地図は管理棟で云えばくれるやろう・・・てかなりおーまん。

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 滝の水が岩場ば白く噛ん

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