このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

60赤穂城

日本100名城 60番赤穂城登城 平成20年7月19日 赤穂城に登城してきました。赤穂といえば忠臣蔵ですが、城址には大石神社が建っています。
参道には四十七士の像が迎えてくれます。
城は大手門・隅櫓が復元されています、本の丸御殿に関しては、間取りが平面状に復元され、当時の御殿の間取りがわかるようになっています。 


 赤穂城は、1600年(慶長5年)に池田輝政の弟長政が 赤穂城の前身である大鷹城を築城した。1615年池田輝政の五男政綱に赤穂郡3万5千石を分知し赤穂藩となる。 1645年(正保2年)、浅野長直が5万3千石で入封し、13年の歳月を費やし、1661年(寛文元)に赤穂城を完成させた。
 浅野長直の後、長友、長矩と続き、1701年(元禄14年)、浅野長矩は、江戸城内松の廊下で吉良上野介義央に刃傷、即日切腹、播州浅野家は断絶となった。
 浅野氏の後、下野烏山より、永井直敬、次いで森長直が、1706年(宝永3年)に備中西江原から2万石で赤穂に入る。 森家12代続いて明治を迎える。

 




復元された大手門復元された隅櫓
隅櫓大手門

復元された塀
天守台

間取りが平面状に復元された本の丸御殿、

堀と石垣
長屋

大石神社 大石内蔵助象

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