このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

84高知城

日本100名城 84番高知城登城 平成20年7月22日 高知城に登城してきました。

 日本で12か所しか残っていない、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭(現存天守)の1つで、天守・御殿・追手門など15棟の建造物が現存している。
 独立式望楼型4重6階であり、天守台がなく本丸上に、礎石を敷き御殿に隣接して建てられている。


 関ヶ原の戦いにおいて、土佐の長宗我部盛親は西軍に与してたことにより改易となり。掛川城主山内一豊が、土佐国一国24万2千石の国主となり土佐の浦戸城に入った。
 浦戸は土地が狭いため、慶長6年(1601年)大高坂山に土佐の本城の造営に着手、慶長8年(1603年)に本丸と二の丸が完成、河中山城と名づけられた。その後現在の高知城と改名された。その後火災により焼失したが、宝歴3年(1753年)に再建された。現在の建物の多くはは、この時の物である。
 山内家は明治維新まで、他に移ることなく土佐藩主として維新を迎えました。

 




高知城天守


山の下から見上げた高知城天守と御殿

大手門御殿

天守よりの場内の眺め


山内一豊の像
千代の像


高知城付近
はりまやばし山内神社山内容堂の像




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