このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
太宰治ゆかりの地
船橋
〜太宰治碑巡り〜
船橋市の海老川に架かる九重橋の欄干に『走れメロス』の文学碑があった。
『走れメロス』の文学碑
走れメロス 太宰治
妹の婚礼を終えたメロスは
刑場めざして走った
遅れれば身がわりに
親友が殺される
日は既に西に傾いた
私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。
陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
『走れメロス』
九重橋を渡ると、船橋市宮本。
京成線の高架を抜けて露地に入ると、「太宰治 旧居跡」の碑があった。
太宰治旧居跡
太宰治は、昭和10年7月から1年3月余、旧船橋町五日市本宿に住んだ。この間、「ダス・ゲマイネ」「めくら草紙」「虚構の春」などの名作を世に送った。
この旧居跡には、太宰が植えた夾竹桃があったが、今は中央公民館前広場の文学碑のそばに移され、毎年美しい花をつけている。
船橋は、太宰文学の飛躍の地であるとともに、生涯の中できわめてゆかりの深い土地の一つである。
船橋市教育委員会
再び海老川を渡り、船橋市本町の中央公民館へ。
中央公民館前広場に太宰治の文学碑があった。
太宰 治「十五年間」より
たのむ! もう一晩この家に寐かせて下さい、玄関の夾竹桃も僕が植えたのだ、庭の青桐も僕が植えたのだ、と或る人にたのんで手放しで泣いてしまったのを忘れていない。
昭和58年11月3日
寄贈 船橋中央ライオンズクラブ
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