このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
菅江真澄ゆかりの地
菅江真澄の道
〜湯の尻〜
男鹿温泉
から海岸に出ると、「菅江真澄の道」と書かれた白い柱が立っている。
菅江真澄の道
文化7年(1810年)5月上旬 湯の尻で一夜を明かす。(男鹿の春風)
日が暮れてもなお鹿を追い続けねばならず、貝を吹いてまわっている時、戌の刻(午後8時)に近いころ、また湯ノ尻山で2声、3声、牡鹿が鳴いた。
菅江真澄(1754−1829)は江戸後期の国学者・旅行家。本名、白井秀雄。三河の人。信濃・越後・奥羽・松前を巡歴して著した紀行文は「真澄遊覧記」と総称され、民俗学・考古学などの好資料だそうだ。
海岸に漁船が停泊していた。
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