このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
野を横に馬曳む計よ郭公
塩尻市広丘郷原に郷福寺という寺がある。
桔梗山郷福寺
高野山
真言宗
の寺である。
本堂の右手に芭蕉の句碑があった。
野を横に馬曳む計よ郭公
出典は『奥の細道』。
元禄2年(1689年)4月16日(新暦6月3日)、芭蕉は黒羽を発って
殺生石
に向かう。館代浄坊寺桃雪に野間まで馬で送られた。その時、馬方の求めに応じて詠んだ句である。
安永4年(1775年)10月12日、五尺菴青柳露白建立。
露白
は坂北の人。漢方医。
寛政元年(1789年)8月21日、没。
郷福寺に墓がある。
寛政4年(1792年)10月22日、
栗庵似鳩
は郷福寺に泊まっている。
今霄は此寺に一泊をゆるさる、されと院主は法用の為に壇
(ママ)
家へ出給へは能化の饗給へる、酒を飲ミ夕飯を過して客殿に入て臥、仍之院主の返りを知らす
『信濃紀行』
嘉永2年(1849年)、『善光寺道名所図会』刊。
○郷福寺
桔梗山白馬院と号す真言宗京知恩院に属す
本堂本尊
大日 觀音堂
正觀音聖徳太子御作信州百番の内二十八番の札所なり
藥師堂聖天堂山門惣門等燒失して仮殿なり句碑有
野を横に馬曳むけよほとゝきす はせを
『善光寺道名所図会』
芭蕉の句碑
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