このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
梅か香にのつと日の出る山路哉
本宮市糠沢城ノ内の県道28号本宮三春線沿いに
戊辰の役
城ノ内古戦場がある。
本宮市指定史跡
戊辰の役
城ノ内古戦場
戊辰戦役
の激戦地で、慶応4年7月26日戦死者60余名が散った地である。
29日、
二本松城
落城。
登椰氏宅に向かう坂道途中の斜面に芭蕉の句碑があった。
梅か香にのつと日の出る山路哉
元禄7年(1694年)春、芭蕉51歳の句。
『炭俵』
冒頭、
志太野坡
と両吟歌仙の発句である。
明治26年(1863年)11月19日、登椰隈水建立。
左側に隈水の句が刻まれている。
手向を侍る
香
(こう)
の香
(か)
に時雨る空や翁塚 七十一翁隈水
文政6年(1823年)11月、糠沢城ノ内の名主治郎左衛門の嫡男として生まれる。
弘化4年(1847年)、名主役を継ぐ。
明治26年(1863年)11月19日、祖翁二百年祭に芭蕉の句碑を建立。
明治42年(1909年)12月4日、87歳で没。
芭蕉の句碑
に戻る。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください