このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


風かをる越の白嶺を國の華

白山市三宮町の手取川沿いに 白山比め(※「口」+「羊」)神社 (HP)がある。


社務所の前に芭蕉の句碑があった。


風かをる越の白嶺を國の華

この俳句は元禄2年(1689年)7月、俳聖・松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の途次、北陸の中天に麗しく聳える白山の姿を讃えて詠んだもので、元禄5年(1692年)の中秋、芭蕉が生存中に出版された『柞原(ははそはら)集』(白山比め神社奉納句集)の巻頭に記載されている。

句碑は、昭和36年(1961年)5月、鶴来町(現・白山市)在住の郷土史家・武閑雲翁が古希の記念として建立。奉納したものである。

白山比め神社社殿


霊峰白山を御神体とする。

全国白山神社の総本宮。

加賀 一ノ宮 である。

「はくさん」ではなく「しらやまひめ」だそうだ。

『柞原集』には「春なれや」とある。

春なれやこしの白根を國の花

   此句芭蕉翁一とせの夏越路行脚の時、
   五文字風かをると置てひそかに聞え侍
   るをおもひ出て、卒爾に五文字をあら
   たむ。


 「芭蕉翁一とせの夏越路行脚の時」とあるが、芭蕉の「越路行脚」は秋である。

 『芭蕉俳句集』(潁原退蔵校註)には「考證の部」に「加賀へ文通に」として収録。

小松市矢崎町の国道305号近くに小松食堂があった。

小松食堂の前の花壇に芭蕉の句碑があったそうだ。

小松食堂も廃業して、庭に芭蕉の句碑がある。


春なれや越しの白根を国の華

昭和58年(1983年)5月、建立。

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