このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

今年の旅日記

円蔵寺〜芭蕉の句碑〜
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今治市波止浜に円蔵寺という寺がある。

護国山円蔵寺


黄檗宗 の寺である。

本堂の右手に芭蕉の句碑があった。


雲をりをり人越休む類月見可奈
(くもおりおりひとをやすむるつきみかな)

出典は 『春の日』 (荷兮編)。

貞享2年(1685年)に詠まれた句。

明治17年(1884年)、守田北洋建立。

松尾芭蕉と並んで守田陽山の句碑があった。


境内に廣ゝと知る佐久ら可南
(けいだいにひろびろとちるさくらかな)

守田陽山は守田北洋の子。

明治25年(1892年)、建立。

守田北洋の句碑があったが、よく読めなかった。

芭蕉天満宮


元禄年間(約300年前)當山初代大休燁和尚が河内国(現大阪府)道明寺より神像受け勧請す。

殉職女子学徒の碑


 太平洋戦争も終結間近の昭和20年8日5日、今治市が空襲に遭遇した際、市内の軍需工場に女子学徒挺身隊として奉仕していた松山城北高女生22名、松山高女生2名計24名が、波止浜方面に避難中、通称馴合坂において米軍機からの機銃掃射を受け若い尊い命を奪われました。

 これらの亡くなった人々は、当寺から約1キロ離れた動仙鼻で荼毘にふされ、遺族が持ち帰った遺骨の残りをこの地に埋葬し、永遠の霊を弔うため石碑を建立しました。

 なお、同級生によってつくられた殉職者全員の氏名をしるした合同位牌は、当寺位牌堂に安置され、年に一度の施餓鬼法要日には碑前に供え、数名の僧侶により手厚く供養が行われています。

合掌

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