このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2009年

松永貞徳の句碑〜下蓮町の旧家〜
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伊勢崎市下蓮町の旧家に松永貞徳の句碑があるというので、行ってみた。


松永貞徳の句碑


皆人の昼寝の種や月今宵

文政9年(1826年)、島村前河原の俳人石川幽奇建立。春木湖南書。

 芭蕉句碑は県内に二百余基もあるが、芭蕉前の名俳と称された松永貞徳句碑は、いま一つも残されていない。これほどたくさんの芭蕉碑がありながら、その前に一世を風靡した貞徳の句碑はなかったのである。芭蕉風がまだ上州に入らないころ、藤岡の桐淵貞山は貞徳の貞門派を唱えて貞字組をつくり育てた。この貞字組は近世後期まで伝えられて、伊勢崎の小此木紅碩が貞門八世を称した。その文政九年に島村前河原の俳人石川幽奇は、邸内に貞山の月見塚を築いた。

皆人の昼寝の種や月今宵   貞徳

 この句碑の碑面は江戸の画家春木湖南の書で、この年八月に盛大な披露の祝宴が開かれている。上州にはただ一つの貞徳句碑であったが、いまは失われてしまった。

『佐波伊勢崎史帖』(しの木弘明著)

「いまは失われてしまった」はずの句碑が見られてよかった。

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