このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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湯の川温泉「イマジンホテル&リゾート函館」
(旧湯の川グランドホテル)

今日は湯の川温泉 「イマジンホテル&リゾート函館」 (HP)に泊まる。


マッサージチェア付のオーシャンビュールームが用意されていた。

大浴場「なごみの湯」もあるが、やはり展望露天風呂「ウスケシの湯」へ。



津軽海峡を見下す露天風呂である。

源泉名は湯の川グランドホテル1・2・3号井の混合泉。

 泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物泉(中性等張性高温泉)(旧泉質名:含塩化土類−食塩泉)。pH7.0。泉温は62.8℃。

夕食、朝食ともにバイキング。

中国人の団体客が多かった。

朝の展望露天風呂「ウスケシの湯」


「うすけし」の由来

後年「ウスキシ」とも読んだが、「ウスケシ」が正しく、アイヌ語の「ウスケシ」に和人はこれに「宇須岸」と当て字したもの。

「ウス」は「ウショロ」の訛で<湾>のことであり、「ケシ」は<端>の意で、<湾の端>を言い、函館湾の西端部、つまり現在の函館市の末広町中ほどから西部弁天町方面にかけての地名であった。

延文元年(1356年)の「諏訪大明神画詞」の蝦夷地を記した文中に「宇曽利鶴子」とあり、これがウスケシの名の初出とされる。

道南大辞典、並びに函館の歴史より引用

恵山側


宿泊客の割に空いているのがいい。

湯の川随一の湯量を誇るため、加水掛け流しだそうだ。

 明治40年(1907年)4月30日、河東碧梧桐は湯の川温泉に泊り、5月3日まで滞在している。

 五月一日。雨。

 午後恬堂先生が尋ねて来られた。先生の話によると、 噴火湾 に沿うた紋鼈、有珠などいう辺には、一種の奇岩怪石が海岸に立っておって、非常に壮大な景色をなしておる。登別の温泉も、この湯の川のような平凡なものではなくて、見るに足るものがあるそうな。

「紋鼈、有珠」は現在の伊達市。

 先生と一所に温泉につかって、食膳について、先生は酒、予はビール、献酬もなしに飲み且つ断ずる、燗徳利が五六本も倒れた頃、九時の鉄道馬車で帰函するというて出られたが、その足もとがヒョロヒョロしておる。きょうは大変酔われたようじゃ。


 昭和6年(1929年)6月3日、 荻原井泉水 は湯の川温泉に泊まっている。

      前夜宿泊せし湯の川温泉御園にて、六月四日

橋があつてよしきり、更けて着いてもう明けてゐる

短夜の草から釣竿が一ぽん青い一めん

『海潮音』

 昭和7年(1932年)9月、 斎藤茂吉 は湯の川温泉に泊まっている。

   湯川即時

      九月四日高橋四郎兵衛とともに函館市外湯川温泉 にやどりぬ。
      武藤善友君等と會す。雨大に降る

しほはゆき湯のたぎり湧く音ききて海まぢかしとおもほえなくに

『石泉』

高橋四郎兵衛は茂吉の実弟。

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