このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

新年の旅日記

猿沢池〜会津八一の歌碑〜
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JR 東福寺駅 からみやこ路快速で奈良へ。


旧奈良駅舎


昭和9年(1934年)に建てられた近代化産業遺産である。

平成16年(2004年)、奈良市総合観光案内所として再利用されるに至った。

とりあえず猿沢池に行く。


昭和49年(1974年)、 山口誓子 は奈良で天狼の鍛錬会。

   奈 良

放生の善爲し終へて氷張る

アンテナはホテルの九輪霜光る

『雪嶽』

「ホテル」は奈良ホテルのようである。

興福寺五重塔


猿沢池こんなお話し


悲恋の采女と衣掛柳の伝説

 「昔、平城の帝に仕う奉る釆女あり。顔かたちいみじう清らにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけど、あはざりけり。そのあはぬ心は、帝を限りなくめでたきものになん思ひ奉りける……云々」(「大和物語」より)

しかし常なきものは男女の仲、やがて帝の寵愛の衰えたことを嘆いて釆女は身を投げてしまいました。そのとき衣を掛けたのが衣掛柳といわれています。

これを不びんに思われた帝が釆女の霊を慰められたのが池の北西の釆女神社です。釆女の古里福島県郡山市にも釆女の霊を祭る神社があります。

この歴史の縁により奈良市と郡山市は姉妹都市提携を結んでいます。

贈 奈良ライオンズクラブ

興福寺と猿沢池をつなぐ五十二段の下に 会津八一 の歌碑があった。


わきもこかきぬ
    かけやなき
  みまくほり
いけをめくりぬ
  かさゝしなから

歌集『南京新唱』に「猿澤池にて」と題して収録。

平成10年(1998年)7月、奈良セントラルライオンズクラブ建立。

興福寺の 會津八一歌碑 へ。



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