このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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昔の温泉

上諏訪温泉「ぬのはん」

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霧ヶ峰 から県道40号諏訪白樺湖小諸線を角間川沿いに下り、上諏訪温泉へ。


今日は上諏訪温泉 「ぬのはん(HP)」 に泊まる。


上諏訪温泉「ぬのはん」


 「ぬのはん」は呉服商「布屋」を営んでいた藤原半助が嘉永元年(1848年)に旅籠屋「布屋」を創業。明治16年(1883年)、三代目半助が上諏訪で初めて天然温泉を掘り当て、温泉旅館となった。

 アララギ派歌人の常宿として、 島木赤彦 を始め、 斉藤茂吉 など多くの歌人の歌会の場になる。

まだ早いので、「片倉館」のチケットをもらって、 「片倉館」 へ。

 離れ屋敷「赤彦の間」は明治38年に建てられたものを再建したもので、島木赤彦、斉藤茂吉、 伊藤左千夫 などの文人に愛され、アララギ派の歌人の間として利用された部屋。

とても泊まれる部屋ではないので、見学だけさせていただいた。

 大正2年(1913年)7月30日、伊藤左千夫は48歳で没。斎藤茂吉は布半で知る。

   悲報来

ひた走るわが道暗ししんしんと怺(こら)へかねたるわが道くらし

すべなきか蛍をころす手のひらに光つぶれてせんすべはなし

『赤光』

 アララギ派の歌人ばかりではなく、 島崎藤村太宰治 なども「ぬのはん」に宿泊している。

湯めぐりパスポートで 双泉の宿朱白」 へ。

夕食までまだ時間があるので、 「ホテル紅や」 へ。

夕食後、 「油屋旅館」 へ。

湯めぐりを終え、「ぬのはん」のお風呂に入る。

「鮃(ひらめ)の湯」


広い浴槽だが、入っている人は少ない。

「鮃(ひらめ)の湯」の露天風呂


泉質はアルカリ性単純泉。

深夜1:00頃お風呂は入れ替わり、朝は「鯛(たい)の湯」。

「鯛(たい)の湯」の露天風呂


 湯船内は絶えず補湯と“ろ過”を繰り返しておりますので、湯垢もほとんど見られず、いつもきれいな状態を保っております。

 確かに湯船内はいつもきれいな状態のようだが、掛け流しでないのは残念だ。

津島神社 へ。

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