このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2011年

鳳林寺〜上島鬼貫墓所〜
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大阪市天王寺区六万体町に鳳林寺という寺がある。


曹洞宗 の寺である。

山門の右手に「一願不動明王」があった。


最乗山鳳林寺


昭和34年(1959年)、京都より移設再建。

文久3年(1863年)、京都二條家の当主二條斉敬が関白太政大臣に任ぜられたとき叔父水戸烈公徳川斉昭の水戸家がこれを祝って京都御所に隣接する地に建てた宸殿で「関白御殿」「銅駝御殿」とよばれていたが昭和34年に譲り受け移築したものである。15代将軍徳川慶喜は上洛すると従兄弟の二條斉敬を訪れ、この御殿で休息し、会津の松平容保、土佐の山内容堂等と幕末の政情について会談したと伝えられている。

鳳林寺は「上島鬼貫墓所」である。

上島鬼貫 墓碑


僊林即翁居士之墓

鬼貫 は伊丹の人。寛文元年(1661年)生。名は宗適、法名は僊林即翁居士。延宝年間(1673〜81)大坂に来住し、芭蕉に先んじて「まことの外に俳諧なし」と開眼して多くの名句を残した。

   春の水 所どころに 見ゆるかな

   こひこひと いへど蛍が 飛んで行

   によっぽりと 秋の空なる 不尽の山

元文3年(1738年)市内鰻谷で没した。

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