このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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種田山頭火の句碑

旅のすゝきのいつ穂にてたか

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えびの市立図書館に種田山頭火の句碑があるというので、立ち寄ってみた。

図書館の脇に 若山牧水の歌碑 があった。


ありあけの月は冴えつつ霧島のやまの渓間に霧たちわたる

図書館の裏庭に種田山頭火の句碑があった。


旅のすゝきのいつ穂にてたか

種田山頭火(明治15年−昭和15年)禅宗の僧であり俳句と酒と旅に生きた自由律俳人。昭和5年9月、矢岳をこえ吉松より行乞して京町温泉に入る。自筆のこの句はこの旅中に詠んだ句である。

平成6年(1994年)1月、建立。

 九月十七日 曇、少雨、京町宮崎県、福田屋(三〇・上)

今にも降り出しさうな空模様である、宿が落着いてゐるので滞在しようかとも思ふたが、金の余裕もないし、また、ゆつくりすることはよくないので、八時の汽車で吉松まで行く(六年前に加久藤越したことがあるが、こんどは脚気で、とてもそんな元気はない)、二時間ばかり行乞、二里歩いて京町、また二時間ばかり行乞、街はづれの此宿に泊る、豆腐屋で、おかみさんがとてもいゝ姑さんだ。

(中 略)

今日出来た句の中から、——

   はてもない旅の汗くさいこと
  ・このいたゞきに来て萩の花ざかり
   山の水はあふれあふれて
  ・旅のすゝきのいつ穂にでたか
  ・投げ出した足へ蜻蛉とまらうとする
   ありがたや熱い湯のあふるゝにまかせ


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