このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
私の旅日記
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2015年
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城ヶ山公園
〜吉井勇の歌碑〜
諏訪町本通り
から城ヶ山公園へ。
城ヶ山公園の石段
城ヶ山公園
明治30年、天然の地形を公園に改められ、昭和31年に町の公園として供用開始されました。
面積15.3ha、標高202mで古くから町民の憩いの場として利用されてきました。
それが今より700年程前に諏訪右近という武将が城を構えたので城ヶ山と呼ぶようになりました。
明治30年頃から町民の勤労奉仕で多くの松や桜が植樹され、それ以後は国、県、町の補助を受け、公園整備や毎年桜、平戸つつじ、もみじ等を植樹し、四季を通して訪れる観光客、町民の方々に自然を堪能させてくれています。
石段を上って左が3番城ヶ山。
吉井勇の歌碑があった。
君のする古陶
(ふるすえ)
かたり聴きてゐぬ越の旅籠に春を待ちつゝ
東京の廣田松繁が昭和43年6月吉井勇の戦時中の疎開地であることを記念して建立した。
吉井勇は昭和20年2月から10月まで滞留し大雪と孤独に悩まされたが、たまたま郷里に疎開していた廣田松繁がこれを知りたびたび彼を訪れ互いに慰めあい励ましあっていた。
戦後東京の廣田松繁へ八尾町での交遊の思い出の歌が送られてきたがそのうちの1首がこの歌である。歌は吉井勇の直筆である。
右に駒利山がある。
「芭蕉塚」があった。
芭蕉翁塔
寛政2年建立
明治12年東町武部与八郎ら『古池や連中』が下新町の八幡社境内にあったものを公園開設の悲願をこめて城ケ山へ移したものである。
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