このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
読谷村には『赤犬子』という伝説上の人物と、『泰期』という歴史上の人物がいて、赤犬子は今からおよそ500年前におもろ唄・音楽に卓越した吟遊詩人で、三線を携えて村々を巡り歩いたと伝えられます。琉球音楽の始祖「赤犬子」が終焉をむかえた地が象の檻で有名な、読谷村楚辺で赤犬子宮があります。歌と三線の祖とされ、オモロ名人として王府編集の『おもろさうし』にも登場する人物でもあります。
1981年の第7回読谷まつりから、「赤犬子琉球古典音楽大演奏会」が開催され、琉球音楽の祖、赤犬子を讃えた大演奏会は古典音楽の流派を越え、三線、箏、胡弓、太鼓、笛など村内の各研究所から約三〇〇名が集い、各琉舞研究所(琉舞練場)の出演もあり、見事な舞台を展開し大好評を得るようになりました。泰期をモチーフにしたものは、五年目に創作「進貢船」として完成し、今年はまつり2日目の11月4日のに開催されます。
祭り会場にはものすごく多くの人がきていました。しかし、読谷村運動広場には大きな舞台や多数のベンチがあり、またモニターも用意され、観賞するのに非常にいい環境でした。
三線、太鼓、笛などの演奏者がズラリと並んでいます。
四つ竹
最後の演舞が終了し、「赤犬子」を見送る場面です。
「赤犬子」が帰っていきます。
演舞が終了し21時頃花火があがり、祭りの1日目が終了しました。
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