このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

惜別の夜行列車
2009年3月14日。この日に行われたダイヤ改正で半世紀にも及んだ九州行きの寝台特急の運転に終止符が打たれた。

他交通機関との競合によって利用者の減少著しく、また使用する車両の老朽化も相まって毎年の様に列車の運行本数を減らしてきた。その発端となったの1994年12月のダイヤ改正で元祖ブルートレインである「あさかぜ1・4号」、鹿児島本線の寝台特急の補完列車であった「みずほ」の廃止があった。その後、区間短縮、列車の廃止・統廃合・・・と運転縮小が進み、終にこの日を迎えてしまった。

私の鉄道趣味人生はこれら列車があってこそだった。一晩で見知らぬ土地へと連れて行ってくれることの憧れ、1輌の赤い機関車が牽く長大編成に魅了されてきた。

長い付き合いの中で何度か列車を利用したことがある。大学受験や関西の親戚宅を目指しての旅行、廃止直前の碓氷峠を目指したこともあった。寝台車という空間はとにもかくにも異世界のようであり、深夜、カーテンから漏れる工場地帯や大都市の灯りは幻灯の様であった。

列車の運行が終わった。しばらくはJRの粋な計らいによってイベント運転に使用されるというが、沿線でそういった姿を撮影しながら「現役の頃の姿をもっと記録しておけば良かった。」と思うこともある。そういった思いから、パソコンのフォルダの中に残っていた画像を紹介しようとキーボードを叩いている。
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(09.07.18)

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