小松島線・内子線
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

 

 

小松島線(跡)・内子線

1985年7月

 


 

【小松島線】 1985年3月廃止

牟岐〔ムギ〕線の中田から小松島に至る、国鉄最短1.9㎞の支線でした。

訪れたのは7月、惜しくも乗れませんでしたが、まだ撤去されていなかった線路上を歩きました。

 

四国の北の玄関港である高松に対して、小松島は東の玄関港として発展、小松島線はそれを支えました。

 

小松島駅 駅舎は大きく、側線がたくさんあって、とても広い構内でした。

1940年、構内の駅舎とは反対側から300m線路を延長して、フェリー乗り場に直結した仮乗降場が設置されました。

仮乗降場を発着する旅客列車のために、構内の駅舎とは反対側に設置されたホームがこれです。

小松島仮乗降場跡 バス乗り場になっていました。

事実上は路線延長の新駅設置ですが、形式的には小松島駅構内に新設された乗降場だったため、

仮乗降場で発行された切符は小松島駅発行となり、営業距離の延長もなかったそうです。

 

 


 

 

【内子線】 1986年3月(事実上)廃止

予讃線の五郎から、内子に至る10.3㎞の支線でしたが、予讃線の短絡ルートに組み込まれたため、

根元の1区間は廃止、その先の3区間も新たな高架の線路と駅が建設されました。

現在も時刻表上に内子線の名前は残っていますが、それまでの内子線は事実上廃止となりました。

 

 


 

この旅で、四国の国鉄を全線乗り潰しました。

当時は高松から、宇和島と高知に向けて夜行列車が走っていたので、それを宿にしました。

1人で連絡船に乗って四国に渡った時、自分の成長を感じるような満足感を得たものです。

 


 

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