このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

ゴハチ街道、夙川界隈

九州地区で蒸気を撮影した帰りには関西地区に寄り道をするのが楽しみでした。九州の撮影で知り合った方の自宅
が夙川(西宮−芦屋間)で線路まですぐ近くという絶好の場所にあり、何回か泊めていただき朝の寝台列車群の撮影をしました。当時、関西発着のブルトレや急行列車はほとんどがEF58でその他にも583系、82系、153系、旧型国電、EH10貨物などがひっきりなしにやって来て今から思うと夢のような場所でした。しかし山陽路でゴハチがブルトレの先頭に立ったのは昭和47年3月から昭和49年3月までのわずか2年間でした。

EF5862「あかつき6号」 関西夜行群の最後を飾ったのがこの「あかろく」でした。デカ窓のゴハチに20系
が良く似合います。(昭和49年3月19日)   
  

EF5884  急行「高千穂・桜島」  九州の行き帰りには良くお世話になった列車ですが、この頃になる
と茶色のハザが混じり、ロザも一両だけになってしまいました。(昭和49年3月19日)  

EF5816  急行「雲仙2号」 ハザにハネ、ロザ、ロネを従えた急行編成が次々に上ってきました。
(昭和49年2月28日) 

この時代、旧型国電も頻繁にやってきましたが妻面がHゴム改造されたものが多くあまり撮影しません
でした。(昭和49年3月19日)

EF61 「急行阿蘇」 この列車だけは珍しくEF61が牽引していました。早朝のため条件が悪くカラーでは
撮影できませんでした。(昭和49年3月21日)

EF5874 「彗星3号」この頃はブルトレも20系は少なくなり、あかつき、彗星で各1本だったと思います。
(昭和49年3月19日)

「明星4号」 今では絶滅危惧種?になってしまった583系ですがこの頃は関西と九州を結ぶ主力特急
として全盛を誇っていました。(昭和49年2月28日)

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