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アルザマス16「ドラえもん殺人事件−黄金の日々よ−

2000.04.16(日) 於:プロトシアター 19:00開演の回 桟敷席左手にて鑑賞

 

【物語】

 とあるレストランに集まった五人の男女、ささやかな小学校の同窓会。のび太(水澤)にジャイアン(太田)にしずか(植草)にスネ夫(森)、誰にも当時の印象が思い出せないシワセハジメ(岩佐)。彼らは27才になっている。

 幹事のスネ夫は五年の勉強の末、ついに司法試験に合格。法律事務所に入って弁護士としての一歩を踏み出したばかり。弱者を救うことができればと希望に燃える。ジャイアンは念願の歌手に(!!!)。下積みの末、ついにCDデビューを果たした。しずかはハンサムな一流企業サラリーマンと結婚したが、夫のウズベキスタン赴任をきっかけに離婚。バツイチとなって最近町に戻ってきた。どこかはすっぱな肝っ玉姐さんの雰囲気を漂わせている。印象の薄いイワセハジメはフリーのゲームソフト開発者。そしてのび太は……27年間就職経験なし、フリーター歴更新中。働く意欲もない。紆余曲折しながらも自力で生活している皆の話にも加わらず、ひとり自分の中に閉じこもり、雰囲気が盛り上がりかけるとシニカルな台詞で場を凍り付かせる。そんなのび太に対して、大人になった彼らは優しくフォローする。が、決して閉じこもった殻からでてこないのび太。

 互いの近況、思い出話が続くうち、ふとしずかがジャイ子に会いたいと言い出す。絵を描くのがとても上手だったジャイ子(渡辺)。将来は渡米してデザイナーになりたいという夢を描いていたのだが、結局今は絵をあきらめて、高校卒業後、地元の会社に就職したという。
 なぜか妹を皆に会わせたくないジャイアンは抵抗したが、無理矢理しずかはジャイ子を電話で呼び出してしまう。

 「……でも、こんなに何もかも一緒なのに、どうしてドラえもんがいないんだろう?」誰からともなく言いだした言葉。
 そう、彼らは漫画・ドラエもんの設定そっくりの、しかし現実の人々だったのだ。のび太がいていじめっ子のジャイアンとスネ夫、ジャイアンは歌が下手なくせに歌手志望、その妹は絵が上手なジャイ子、優しいマドンナ、しずかちゃん。何もかもが漫画そっくりに。「昔よく思ったよね、こんなに似てるのに、何でのび太の家にドラえもんがいないんだろう?って。」
 ひとしきり、ドラえもん話に花が咲いた後、スネ夫がしんみりと言う。「結局、やりたかったことや叶えられないと思った夢も、ドラえもんがいなくても努力すれば何とか自分の力でできるもんなんだよな。時間はかかるけど」そうだそうだ、と意気が上がる雰囲気に、のび太が水を差す。のび太にだって可能性はある、と励ます周囲を突っぱねるのび太。「本当は『自分はのび太よりも上だ』と思ってるんだろう。そうさ、僕はドラえもんのいないのび太。みんなの役に立ちはしない。僕にはたまたまドラえもんがいなかっただけ。もしいれば、オタクらよりも上に行ってるよ。」他人には無神経なくせに、自分の傷に触れる手に対しては過敏なのび太。

 ごつごつした雰囲気のそこへ、ジャイ子登場。空気を変えてくれる救世主……と思いきや、様子がおかしい。どこか虚ろで生気がなく、ビールを水のように飲み干す。口を開けば、声は柔らかいがどこかねじ曲がった、とげとげしい言葉。ジャイ子はアル中だった。
 制止しようとする兄に、不気味な笑みを浮かべながらジャイ子は言う。「何やめるの?大学行くのやめて、絵を描くのやめて。お父さんの介護やめるの?お母さんの面倒見るのやめるの?……生きるのやめるの?」
 ジャイアンの話の真実が次々と暴露される。彼の父は脳溢血で倒れ、八百屋は母一人できりもりすることになった。だがその当時ジャイアンは歌手修行に熱中。結局ジャイ子が大学進学をあきらめて就職する。その後、母も過労で倒れ、彼女は家族の苦労を一身に背負うことになったのだ。そのうえ、ジャイアンのCDデビューは真っ赤な嘘。自費出版で2000枚作ったが1982枚が返品。狭い家をさらに狭くする荷物となっている。

 すべてをぶちまけられ、くずおれるジャイアン。「歌手なんて、なれるわけない。俺、ムチャムチャ歌下手じゃないかよ。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ。俺、もうどこにも戻れないじゃないかよ。」半泣きの兄に、淡々とジャイ子は追い打ちをかける。「そう、私の人生を食いつぶしてきたんだから、お兄ちゃんは絶対に歌手になるのよ。……」逆上したジャイアンはのび太に叫ぶ。「どうしてのび太のくせに、ドラえもんがいないんだ。いれば、もっと楽に歌手になれたのに……」取り乱す彼とジャイ子を外に連れ出すスネ夫とハジメ。

 ふいに、のび太は笑い出す。努力すれば何とかなるなんて、ありえないじゃないか。僕は努力すれば何かができる。ただやらないだけだ。でも、あれだけ努力しても何もできないなんて最低だ。僕より下だよ。……
 同情のかけらもないのび太の放言に、しずかは冷たく言う。「どうしてあんたなんかとつきあったんだろう。」つき合っていた頃から、のび太は全く変わっていない。いつかやる、そのうちやる、やればできるんだ。みんな僕のことを分かっていない。そう言うばかりで自分の殻に閉じこもり、現実に直面しようとしない男。
 かつては優しかったしずかの冷たい言葉に、のび太は腹を立てる。彼を馬鹿にしないジャイアンたちにも。現実に直面しようとしない彼の世界は変化のない、無音無風の空間。その世界の中ではのび太はいつもいじめられっ子で、いじめっ子のジャイアンたちに腹を立てることができる。そしてしずかはいつも優しくて、……なのに過去の亡霊たちは、八年も経って、どうしてわざわざ彼の大事な世界をぶちこわしに現れたのだろう?
 ずっといれば?あんただけの、その大事な世界に。軽蔑しきったしずかの声に、反発するのび太。「あんたたちもみんな、のび太なんだよ。努力したって、現実には何も変えられやしない。失敗した自分を美化してるだけじゃないか。あんたらみんな、ドラえもんが居なくちゃ何にもできないのび太君なんだよ。」
 論理だけは通り、痛いところを無神経に衝いてくるのび太にしずかの神経は苛立ち、遂に本音が漏れる。「あたしだって、どこでもドアーが欲しかった。ただ、ウズベキスタンにいるあの人と、うちのドアをつなぎたかった。ただそれだけなのに……」

 少し冷静になったジャイアンたちを表に残し、スネ夫たちが戻ってくる。が、ねじれてしまった雰囲気は再び元に戻らず、話題は奇妙な方向へ。「やっぱり、努力してれば何とかなるなんて、無理なんじゃないかな?……」言い出すハジメ。そんなことはない!と反対するしずかだが、そこへジャイアンたちが戻ってくる。 
 すっかり虚勢を失ったジャイアン。いくら努力したって、現実には通用しない。ドラえもんに頼んでくれよ。俺、歌手になりたいんだよ。……すがるジャイアンを、のび太は突き放す。「最初からかなわないって分かってる夢から降りられないんだったら、死ぬまでもがいてろ!」その言葉を受け継ぐように、ジャイ子が無感情な声で努力することの不毛さを静かに言い募る。「そう、ドラえもんがいなくちゃ、みんな何も出来ないのび太君なの。」
 対抗して必死で努力の大切さを強調するしずか。努力が実を結ぶ証拠がここにいる。五年の苦労の果てに司法試験に受かり、弁護士として歩み始めたスネ夫が居る。「そうだ、僕らにはドラえもんなんかいらない。」……しかし、ジャイ子はスネ夫の心の奥を見透かす。「弁護士になりたかったのは、誰のため?一生懸命無理して幹事までやって同窓会を開いて、一体誰に弁護士になった自分を見せたかったの?……」
 ジャイ子の言葉に、一挙にスネ夫は突き崩されてしまう。本当は弁護士だって、弱者の救済だって、そんなものどうだっていい。なにもかも、しずかちゃんに愛されるためだった。なのに、しずかちゃんは男としての僕を全然気にもかけてくれやしない。努力なんかしたって、思い通りになんかなりやしない。どうしてのび太にはドラえもんがいないんだろう?ドラえもんさえいれば……。
「ホラ、本当の夢は何にも叶えてない。」冷ややかに微笑むジャイ子。
「なぜのび太のくせに、ドラえもんがいない?」「のび太のくせに。」「のび太のくせに。」「のび太のくせに!!」
 全員の怒声が部屋を包み込む。
 そのとき……

「全面クリアー!ドラえもんの復活だ!」

 不気味な音が響き渡る。突然周囲の動きが止まり、その中で、ハジメだけがうれしげに笑っている。
 ハジメこそは22世紀からやってきたのび太の孫の孫、セワシだったのだ。過去を変えてイケてない人生を改善するために、タイムマシーンに乗って未来からやってきたのだった。
 実は、22世紀になってもドラえもんは発明されていない。自分の力で生き抜こうとした人類は、ドラえもんを作ろうとしなかったのだ。
「無能なくせに頑張る奴らがドラえもんを殺したんだ。だから僕は自分たちがどれだけドラえもんを必要としているのか、わからせてやったのさ。さあ、ドラえもんのいる人生が始まる。みんながあんたを必要としている世界だ。」
 セワシの声に呼応するように、ジャイアンたちは口々に言う。「のび太、遊ぼうぜ。」「のび太さん、愛してる。」……

 しかし。のび太は首を振る。ふてくされた態度でジャイアンをいらつかせていたのはのび太の方。スネ夫はいつも正しかったし、ジャイ子はとても強い人。しずかは、のび太のことが好きなんじゃなくて、みんなに優しい人。それを、なにもかもねじ曲げてとっていたのは自分。本当の彼らはドラえもんなんか必要ないと、心の底ではのび太は分かっていた。……
「あんたは馬鹿だ。」自らドラえもんの復活を否定するのび太を、セワシはなじる。だが、一度目の覚めたのび太は後戻りしようとしなかった。彼は言う。「僕自身の設定に無理がある。こんな僕が、現実に女性とセックスして孫を残せるはずがない。……」

 場面は変わり。

 どことも知れない、誰かの部屋が二つ。互いに遠く離れたその部屋に、互いの本名も顔すらも知らない人物がそれぞれ机上のパソコンに向かっている。どことも知れぬ、そしてあらゆる場所でもあるその部屋は、二人の向かうパソコンのネットワークでつながれている。キーボードを叩き、チャットする二人。
 どうやら、一人はネット上に仮想空間を作り上げ、チャットゲームを主催するサイト運営者(岩佐)。そして、もう一人のパソコンおたくっぽい青年(水澤)は、その仮想空間でのび太役を演じていたらしい。そのサイトでのチャットゲームは、「良くできたシュミレーションだったと思ったのに。」最後の一歩でプレイヤーがドラえもんを受け入れられなかったことが残念そうな運営者。「よくできてますよ。現実との区別が付かなくなるほどにね。」
 一息おいて、青年はキーボードを打つ。「でも、僕は君ののび太じゃない。」
 運営者の返事は「君の世界は、この中にしかないんだ。また、帰ってくるよね?……」
 しかし、ネット運営者の打ち込んだ言葉に、返事はなかった。「帰らないよ、多分。」呟いて、パソコンを終了させる青年。ネットの仮想現実から醒めた青年は、現実の嵐に怯えながら、しかし人生を生きるために外への扉を開く。

 そして、また新しい来訪者がサイトを訪れる。運営者はキーボードを叩く。

「はじめまして。もう一つの、新しい人生へようこそ。     ところで、のび太くんて呼んでもいいかな?……」

 

 

【感想】

 HPのお客さま、植草さん(今回のしずか役)からご案内を頂き、足を運んだ。

 コンセプトの良い、会話劇。漫画「ドラえもん」のその後話だと思いきや実は漫画の世界に酷似した現実の人々の話。ドラえもんを夢と便利さ、その一方で努力を必要のないものとしてしまう両刃の剣的象徴として使っている。生きることは努力すること。努力は報われないかもしれない。かっこわるく失敗することもあるかもしれない。でも、それが現実の人生。何も行動を起こさなければ、確かに失敗しないかもしれない。でも、それは生きることを放棄しているだけなのだ。人はドラえもんがいなくても、自分の力で生きていけるのだ。人間自身が持っている可能性を信じて。

 舞台上は動きが少なく、特に前半、ほとんど会話だけでストーリーが進められてゆく。冒頭からほぼ中盤まで、大体ずっとテーブルに座ったままでの進行。もう少し動かしても、とも思うが、対話に緊張感がみなぎっており、十分舞台をもたせている。とにかく台詞に力がある。(メッセージを伝えようとするあまり、若干饒舌になり過ぎているきらいはあるが)

 転んで泥だらけになっても自力で頑張ろうとする人間、転ぶのが怖くて何もできない人間、それぞれの論理に説得力があり、双方の拮抗が舞台を緊迫させる。最後に勝つ(作者の訴えたい)テーマがどちらであるかは想像できるけれど、二つの立場の論争に聴き入ってしまう。どちらの立場も、自分の心に存在しているから。がんばる自分も、失敗を怖れる自分も。

 ひっかかるのは、スネ夫が本音を吐くシーン。司法試験に合格するため努力してきた、その本当の理由はしずかへの恋心だった、というのだが、ちょっと強引な印象。小学校からしずかが結婚して町から出てゆくまでのエピソードを挿入してスネ夫がどれだけしずかを好きだったか、という下地を観客に与えておくとかしないと、無理がある。ただそれだけでガリ勉して灰色の青春送るかなと思ったり。(司法試験に受かるって、本当に大変だと思うのだ。勉強だけでなくて、経済的にも。スネ夫は金持ちだから、生活費は親だよりなのかな?家族からのプレッシャーもあると思うし。)また、それだけ頑張った人間が、あっさりとその努力を否定してしまえるだろうか。
 冒頭からクライマックスまで、じわじわと海水が砂で作った巨大な城を崩してゆくように「努力は報われる」という論理が崩壊してゆくわけで、その過程は聞き応えがある。最後まで、真綿で首を絞めるように努力の美しさを殺していって欲しかった。スネ夫の内面の暴露のシーンだけ、書き手の焦りというか、物語の展開を進めたいあまりの力業で完結させてしまった筆致が感じられる。惜しい。

 あと、タイトル。「ドラえもん」の名で興味を引くのは○だが、「殺人事件」はどうかな〜。もう少しこの物語の内容にフィットした意味深なタイトルがありそうな。

 役者。水澤。ひねこび、自己の殻に閉じこもって自分の持っている可能性を放棄したのび太役。はまり役。植草。スリきれながらも懸命に前を向いて生きようとするしずかの役作り○。二人の対立するシーンは聞きごたえあり。人生を兄の夢に食い尽くされ、アル中になったジャイ子役・渡辺。壊れた、涸れ果てた雰囲気。虚ろな声。怖い。(ジャイ子に関しては、台詞の出来もいい。いちいち言うことが怖い。すきすき。)

 とにかく。いつかもう一度見てみたい、人を連れて行きたいと思った芝居。再演してくれ。

 

【DATA】

公演はすべて終了。

作・演出:藤澤勇希

出演:水澤紳吾 太田一郎 植草和世 森哲也 渡辺順子 吉村晃 岩佐信宏

照明:菊池直子 音響:宮崎淳子 

美術・道具・衣裳・制作:自分たち

製作:アルザマス16

次回公演:「真琴」(予定)

2000.12.13(水)〜16(土) @ミニホール新宿Fu−

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