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東京原子核クラブ

1999.6.5(土) 於:パルコ劇場 19:00開演の回 B列13番にて鑑賞

【物語】

 昭和七年。古い洋館を改造した下宿屋「平和館」。理化学研究所の新人研究員・友田(西川)は部屋を引き払おうとしていた。研究所のレベルの高さにすっかり自信を喪失してしまったのだ。そこへ帰ってきた同僚・武山(阿南)。友田の決意もつゆ知らず、つかの間の帰省だと勘違いしている武山。友田の物理学理論が主任研究員・西田(小林)に認められたと朗報を伝え、「とにかく忙しくなるから早く帰ってこい」と言い残して自分の部屋に入っていく武山を見送りながら、友田は研究所に残る決意を固めていた。

 平和館の住人は個性的な人物ぞろい。どっちが本業だかしれないギャンブル狂のバーピアニスト・早坂(三上)。何かかんか言って出ていってはまた舞い戻ってくる、ある時は女優、またある時は大富豪の妻、シスター、歌劇の男役……の謎めいた女・箕面(キムラ)、ホンが売れなくてのんだくれている劇作家・谷川(大家)、先輩友田の天才を尊敬する努力家研究者・小森(小市)、東大生でもないのに東大野球部にもぐりこんで部員になっている野球青年・橋場(木下)ら。大家はおっとりと情に厚いおやじ・大久保彦次郎(酒井)、娘はかつて数学者を目指したこともある男まさり・桐子(南谷)。彼らに見守られ、もまれながら友田は徐々に物理学者として頭角をあらわしてゆく。彼の最大の願いは、日本の量子力学理論と技術のレベルがけして世界最先端に劣らぬ事を証明することだった。

 だが、時代は次第に暗い方向へと進んでいった。早坂は従軍ピアニストとして徴兵に、箕面も兵隊の士気高揚のための役者として満州へ渡る。木下・かつての野球部の仲間であり卒業後は平和館に住み込む編集者・林田(奥田)にも赤紙がやってくる。友田と武山、小森は西田教授と共に原子爆弾の開発に励む。敵国よりもはるかに劣った開発設備、材料不足と戦いながら、核分裂エネルギー開放を実現するために。自分たちの技術が世界レベルに決して劣る者ではないということを証明するために。

 二発の爆弾が戦争に幕を引き、平和が戻ってきた。橋場は特攻隊員として戦死、早坂は従軍先で左手をいためてしまい、もうピアノを弾かなくなってしまった。箕面は行方不明。谷川は思想自由化で台本を書きまくる。空襲をまぬがれた平和館に友田、小森が訪れる。理研も今はGHQに解体され、もう無い。時代は変化した。自由という輝かしい言葉を掲げた時代に。しかし、彼らの胸には去来する。情熱をそそぎ込んだ時代。青春の日々。
 ひょっこりと、箕面がぼろをまとって、何もなかったように舞い戻ってくる。ピアノは弾けないがあいかわらずへそ曲がりな早坂。磊落な武山。士官との淡く切ない恋を経験して大人びた桐子。変わったものもある、変わらない人もいる。新しい日常が始まる。

 

【感想】

 ウェルメイド。主人公を中心とした堅実なドラマ、脇役にキテレツな住人たちを配してメリハリもつけ。平和館という日常風景を固定カメラでとらえ続けながら、激動する時代の空気がにじみ出てくるうまさ。原子物理学を専門とする主人公を作り上げることにより、第二次世界大戦の暗い影を平和館の中に忍び込ませる。それでも日常は変わらない。戦時中も、日常は続く。少しずつ戦争の影にむしばまれてゆきながら、けして影に押し潰されることなく。日常と時代の影のバランスをうまく表現していた。

 物理学者達の、探求の欲望。原子爆弾の怖ろしさを理解しつつも理論の実証、仮説の証明をしたいという欲望に向かって突き進む友田。悪魔に魂を売ったと諸人は言うかもしれない。だが、学者としての純粋な欲求だった。大量殺人兵器を作るのが目的ではなかった。核分裂エネルギーを開放させてみたい。ただその理論と仮説の実証をしたかったのだ。純粋な情熱。力まず無謀な深入りをせず、頷かせる作者のうまさ。戦争の是非、原爆の是非。すでに決着の着いている議論をあえて繰り返さず、高みからひとり説くのでもなく、ごく日常レベルで——研究者としても一般市民としてもそれぞれの日常レベルで——切り取った、当時のアルバム。アルバムをめくれば、当時の空気が見える。暗いながらも明るくて、みんながそれぞれなりに一生懸命生きた時代。一生懸命に生きる姿だけが生み出せる輝き。

 「傑作青春群像劇」と宣伝のうたい文句にあったので、平和館の奇妙な住人達全員のストーリーが入り乱れるのかと思っていた。実際は原子物理学に熱中する主人公を中心としたどっしりしたドラマ。もうちょっと脇役陣の人生模様も……早坂・箕面は特にキテレツなキャラクターだっただけに、もっと彼らを知りたくなってしまった。っと欲張りたくなるが、作品のまとまりがつかなくなるかもしれない。

 役者、根っからの研究バカ、研究が好きでしょうがないって感じの武山役・阿南。ドタバタぶり、五体の動きの良さ。光る。磊落な感じも○。

 レトロな(現代からすると)下宿屋が舞台ってことで、役者さんにカクスコの誰かを使ってみてほしくなった。んー、マキノノゾミ演出のカクスコって、どうでしょう。

【DATA】

公演は全て終了。

作・演出:マキノ ノゾミ

出演:西川忠志 木下政治 三上市朗 南谷朝子 キムラ緑子 阿南健治 酒井高陽 大家仁志 小市慢太郎 大石継太 小林勝也 奥田達士 川下大洋(実況の声)

舞台監督:菅野将機 美術:奥村泰彦 照明:大川貴啓 衣裳:三大寺志保美 

音楽:川崎晴美 音響:堂岡俊弘 ステージング:三浦克也 ヘアメイク:武井優子

演出助手:佐藤万里 舞台監督助手:宇野圭一 宇野奈津子 藤崎遊 福澤諭志 丸山多佳史 

衣裳部:白木三保 栂香織 大道具製作:桜井俊郎 C-COM舞台装置 小道具:池上三喜 高津装飾美術
衣裳製作:三茶工房 履き物:神田屋 衣裳協力:東宝コスチューム

音楽製作:鈴木ひさし 運送:マイド 協力:劇団M.O.P.

製作:佐々木征司 制作:佐藤玄 制作助手:小久保貴子 パルコ票券:舟橋佳葉 

企画・製作:株式会社パルコ

 

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