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こまつ座「闇に咲く花」
1999.11.27(土) 於:紀伊国屋ホール 13:30開演の回 F列11番にて鑑賞
【物語】
第二次世界大戦が終わり、二年がたった夏。神田の小さなさびれた愛敬稲荷神社。ほんとに小さなこの神社に、近所のおじいさんは昼寝に、子供たちは遊びに、会社員は骨休みにやってくる。ささやかな憩いの場所。
神主の牛木公麿(名古屋)は実の子のように愛していた自慢の養子・健太郎(益岡)を戦争で失う。神の存在を信じられなくなった公麿はすっかりやる気をなくし、神社は荒れ放題。併設のお面工場を手伝ってくれている近所の戦争未亡人五人(増子・梅沢・白木・那須・島田)と組んで、闇物資の仕入れ・販売で稼ぐ毎日。近所の派出所にやってきた新任の巡査・鈴木(小市)も闇取引に一口かんで、なんだかみな暮らし向きはぱっとせずとも和気藹々。
ある日、健太郎の親友で、中学時代は野球部のキャッチャーだった稲垣善治(近藤)が復員してくる。健太郎は中学時代から野球部のピッチャーで鳴らし、高校を経て職業野球集団金星に所属していた、剛速球投手だった。ノーコンだけが玉にきずの……。稲垣は精神科医だったが、戦争で破壊された診療所の再建までの間、愛敬稲荷を手伝うことになる。ある日、神社の目玉として手製のおみくじを用意した稲垣。試しに皆でひいてみたらみんな「大吉」。しかも、御託宣の和歌の内容が次々と現実になる。そして、公麿の身に起きた大吉とは……何と、健太郎の生還だった。
乗っていた輸送船からグアムの海に投げ出されて漂流していたところをアメリカ軍の潜水艦に拾われたものの、投げ出された衝撃で記憶喪失になり、身元も分からぬままカリフォルニアの収容所にいた健太郎。収容所近くで野球をしていたアメリカ兵が投げたデッドボールを頭に受けたために記憶が戻り、帰還してきたのだった。健太郎は職業野球集団・金星スターズに再入団、もう一度人生を取り戻す。いつか跡を継ぐ健太郎のためにと、公麿は全国八万の神社が参加する組織、神社本庁に参加する。そんな組織に参加する必要はない、この神社はいつまでもささやかなままでいる方がいい。健太郎がそう言っても、公麿は耳を貸さない。
そんな時、一人の冷徹な雰囲気の男が訪ねてくる。GHQ法務局の諏訪(たかお)だった。健太郎をグアムでのC級戦犯容疑で逮捕しにきたのだ。実際は仲のよい現地人をイメージピッチングのキャッチャーにしてキャッチボールをしていたところ、あやまってデッドボールが頭に当たっただけなのだが、GHQはそれを「狡猾にカモフラージュした拷問」だと判断したのだ。死刑になる恐怖から、健太郎は記憶障害を再発させてしまう。
記憶障害の再発により、健太郎の召還は精神鑑定の結果を待つことになる。公麿や未亡人たちは、健太郎が回復しないことを願って放置するが、稲垣は懸命に健太郎を治療。正常に戻ったら山奥に健太郎をかくまい、GHQの訴追を逃れる心づもりだった。
ある日、ついに記憶を取り戻した稲垣は、父に言う。「愛敬神社は、闇に咲く花だ。人は皆、昔のことを忘れてしまう。昔、父さんは言った。神社は清らかで明るい場所だと。死は暗く、汚れている。だから、神社では葬式をしない、と。でも、戦争中に、神社は火葬場になった。死体置き場になった。死んでゆく若者が、何人もここから旅立っていった。あのとき、神社は死んだんだ。父さん、『平和を願おう』なんていけしゃあしゃあと言う神社本庁なんかに参加しないで。『お国のために死ね』と言ったこともけろりと忘れて平和を謳う、厚かましい連中に加わらないで。僕は、過去を忘れない。」……
皮肉にも、彼の言葉はGHQに盗聴されていた。記憶喪失のふりも貫くことができたにもかかわらず、健太郎は甘んじて連行されてゆく。翌年の夏。健太郎はグアムに連行され、戦犯として処刑された。しかし、愛敬稲荷には奇妙に清らかな空気が流れている。ほんの小さな、道ばたの花、愛敬神社。今日もまた、子守女が赤子をあやしに、子供たちが遊びにやってくる、ささやかな場所。神田中の神社が、平和を祈念する太鼓をたたき始める。四方から押し寄せる、過去をあっさり忘れ去った高らかな音。その中で、ちんまりと、愛敬さんはたたずんでいる。
【感想】
戦時中、「国のために死ね」と大音声によばわったくせに、戦争に負ければ一転「戦争はいけない、いつまでも平和であるように」と謳う身勝手さを辛辣に批判する一作。四方から押し寄せる、平和を謳う太鼓の大音声に身をすくませる愛敬神社に集う人々。それは作者自身の姿なのであろう。
では、我々はこの世の中をどう生きてゆけばいいのか。その道は明確に示されてはいない。だが、何者にも誇示することなく、ただ自分の心の内で戦死した友人を弔い続ける一人のギタリストが、作者の心を映しているように思われる。平和を叫ぶ必要はない、反省のスタイルも。ただ、心の中で、小さな灯をともし続けるように、戦争の記憶を刻み続けてゆくのがいい。平和を叫ぶのではなく、自分たちがなにをしたのか、を忘れないように。
リアルに作られたセット。静かな、小さな神社の空気がただよっている。誰もがほっと心を休めに来られる場所。神社を取り囲む鬱蒼とした杉の木立を、黒い、縁をギザギザに切った布で表現。ただ布を緞帳風に垂らしているだけなのだが、見事に杉木立。
役者。時代の波に簡単に影響されてしまう、気のいい宮司役・名古屋。どこにでもいそうな「善人」をリアルに演じる。ほんとにこういう人、近所の神社にいそうだなあと言う感じ。しかし、そう思わせる裏には確かな、作りすぎない演技力と、作家の見事なキャラクター設計があるわけで。そう、この芝居、イデオロギーも興味深いとは思うが、一番の見所はしっかりと作り込まれた登場人物の設定、厚みではないだろうか。架空の物語ではなく、確かに現実の時が流れているように感じる、緻密なつくりの脚本、演出。堪能。
愛すべきお人好し警官・鈴木役小市。この人の演技の巧みさは前から買っているけど、こまつ座でもはまりまくり。この人の強みは、オーバーな演技も、ストイックな演技もなんなくこなすところ。今回お笑い系もちょっと入ったキャラクターだったが、デフォルメは少なく、日常にいそうな愉快な人物を好演。母体、M.O.P.だったらもうちょっとデフォルメした笑いに持っていったかもしれないけど。うまくこまつ座の世界にとけ込んでいたと思う。
【DATA】
公演はすべて終了。
出演:名古屋章 益岡徹 近藤芳正 増子倭文江 梅沢昌代 白木美貴子 那須佐代子 島田桃子 四本あや 小市慢太郎 木下政治 たかお鷹 水村直也
作:井上ひさし 演出:栗山民也
音楽:宇野誠一郎 美術:石井強司 照明:服部基 音響:深川定次 衣裳:宮本宣子
宣伝美術:ペーター佐藤
演出助手:北則昭 舞台監督:菅野郁也 制作:井上都
照明操作:藤原孝樹 山口暁 山崎桂司 伊藤美穂 音響操作:射場重明
演出部:菅野将機 宮崎康成 村上彰英 星野正弘 日高拓二 藤井伸彦
衣裳部:斉藤明子プロンプター:田付佳子
大道具:俳優座劇場舞台美術部 背景美術(雲):妹尾太郎 小道具:高津映画装飾美術 特殊小道具:渡辺工房・渡辺数憲
照明協力:ライティング・カンパニー・あかり組 音響協力:東京演劇音響研究所
衣裳:松竹衣裳 履物:神田屋 ヘアメイク:きとうせいこ
運送:マイド・新日本物流所作指導:銀杏岡八幡神社宮司・渡辺和壽
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