このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
アジアフォーラム横浜・証言集会2008
15回目の証言集会!貴重な証言をナマで聞きましょう!!
タイより 瀬戸正夫さんをお招きして(2003年証言者)
1931(昭和6)年以来中国侵略を本格化した日本は、資源獲得と、東南アジア華僑による中国援助を断つために、東南アジア侵略を行いました。これが1941(昭和16)年12月8日に始まったアジア・太平洋戦争です。真珠湾攻撃より早く行われたマレー半島上陸作戦から始まったことは、この戦争の本質を示す出来事です。実はこの時、日本はタイとの間で中立条約を結んでいましたが、日本軍はタイへの上陸を強行したため、各地で戦闘が交わされ日タイ両軍に多くの犠牲者を出しました。
現在でも12月8日にこれらの交戦地では、タイ側によって日本軍犠牲者を含めた追悼の式典が行なわれ、また追悼の兵士像が建立されています。
アジアフォーラム横浜では、この夏のタイ・スタディツアーをふまえての証言集会を行なおうと、準備を進めきましたが、2003年に来日して衝撃の証言をしてくださった瀬戸正夫(タイ名:ヴィワッ・シータラクーン)さんを証言者としてお招きすることになりました。瀬戸さんには今回もタイ・スタディツアーのコーディネーターとしてお世話になりましたが、今回も瀬戸さんを軸に日タイ戦争をターゲットにした証言集会を行なう予定です。
過去にどのようなことがあったのかを知り、考察を深めることは、現在の教科書問題や靖国問題など歴史認識問題を考えることにもつながります。皆さんの参加をお待ちしております。
◆瀬戸正夫(タイ名:ヴィワッ・シータラクーン)さん→
開催日決定!12月6日(土)18時 かながわ県民センター・ホール (横浜駅西口5分)資料代1000円 |
○ 呼びかけ人〜高嶋伸欣・石田甚太郎・林博史・信太正道・俵義文
前田朗・きくちゆみ(敬称略・順不同)
● アジア・フォーラム横浜 ●
東南アジアでの戦争
■忘れてはいけない! 日本軍によるアジアの戦争被害!
アジア・太平洋戦争で日本国民が受けた被害を忘れないことは、大切なことです。しかし、忘れられがちなアジアの被害、この国から見ればそれは加害という言葉になりますが、それも忘れてはならないと思います。アジア・太平洋戦争の事実を明らかにし、しっかりと受け止め、反省しなければ本当の平和は築けないと思うからです。私たちはアジア・太平洋戦争開戦の日である12月8日にこだわり、毎年この日前後に、横浜で東南アジアから証言者を招き、証言集会を行っています。過去を知ることは現在・未来を考えることです。こうした証言を聞き、考えていくことは、どのような社会を築いていくのかに取り組むことになります。われわれの証言集会は今年で15回目となります。
■時は待ってくれません。証言者の高齢化が進む中で貴重な証言を!
1990年ころから日本で戦争被害の証言をしてくださる方々が多く出てくださるようになりましたが、そうした方々の高齢化が進んでいます。私たちもこのままではいけないという思いを強くしています。それだけに生の証言を聞いて、われわれが何をしていくべきかも一緒に考えていただければと思います。
日本軍のタイ上陸作戦とは??
南タイの日本軍上陸地点は、プラチュアップキリカン、チュンポン(映画「少年義勇兵」の舞台、レンタルされています)、スラタニ、ナコンシータマラート。以上は徳島の歩兵第143連隊を中心とした部隊でタイ領通過後ビルマの戦場へ。さらに南のソンクラ、パタニなどは山下奉文将軍指揮下の第5師団で、マレー半島を南下、シンガポールを占領しました。日タイ関係史の中でも、多くの出版物が日タイ戦争を「小競り合い」や「無血上陸」で片付けてきたほか、タイ側も、かつての日タイ問題や、外交的配慮から、これらの碑があることを日本人向けガイド本にも記入していません。しかし判明しているだけで、日タイ双方で約290人が戦死。タイの文献や田村駐在武官メモなどを合わせると双方で約400人の死者が出たと言われます。
(地図は「観光コースでないマレーシア・シンガポール/陸培春」より転載↑)
▼スタッフ募集中です▼ これまでアジア・フォーラム横浜は多くの方々の協力を得て、アジア・太平洋戦争や12月8日にこだわる証言集会を開催してきました。活動はこの証言集会を中心にしながら、夏のスタディ・ツアーや学習会なども行い、集会前以外は月1回程度の活動を続けています。こうした問題に関心のある方はどうぞ一度遊びにいらしてください。また証言集会のお手伝いをしてみたい方も、ご連絡をお待ちしています! |
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